2010年12月に初版が発行された本。
著者の安宅和人氏は慶應義塾大学環境情報学部教授、ヤフー株式会社 CSO(チーフストラテジーオフィサー)。東京大学大学院にて修士号取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社、イェール大学の脳神経科学プログラムでPh.D.を取得するなど、ビジネス・学問の両方で輝かしい経歴を持つ人物。
本書は、限られた時間で本当に価値のあるアウトプットを出すために考えなければならないことについて、筆者の経験や知識を元に解説したものである。
ページ数はあとがきなども含めて240ページあまり。コンサル関係の様々な手法が紹介されており、馴染みがない人にとっては、実際のボリューム以上に読み応えがある本となっている。
本記事では重要な部分を抽出してまとめている。
「イシューからはじめよ」とは
「イシュー」とは、次の2つの条件を満たす問題である。
- 2つ以上の集団の間で決着がついていない
- 根本に関わる、もしくは白黒がはっきりしていない
横軸にイシュー度(答えを出す必要性)、縦軸に解の質(どこまで明確に答えを出せているか)を取った場合、バリューのある仕事は、右上の象限に入るものである(下図で色をつけた部分)
右上の象限を目指す際、多くの人は解の質を上げてからイシュー度を上げようとする。しかし、本書のアプローチは真逆。イシュー度を上げてから解の質を上げることを目指す。つまり、「今本当に答えを出すべき問題」を見極めることが大切であり、それこそが「イシューからはじめよ」ということなのである。
イシューを見極める
良いイシューの条件は以下の3つ。
- 本質的な選択肢である
- 深い仮説がある
- 答えを出せる
最初にやるのは、「これは何に答えを出すためのものなのか」ということをチーム内で共有すること。
続いて、イシューに対して具体的な仮説を立てる。具体的な、とは例えば「○○の市場規模はどうなっているか?」ではなく、「○○の市場規模は縮小に入りつつあるのではないか」ということである。
調査指示を出す側であれば、「何を」「どこまで」「どのようなレベル」で調べるのかを明確に指示することで生産性が上がる。それは具体的な仮説を立てていなければできない。
次に、イシューと仮説を紙や電子ファイルに言葉で表現する。もしこれができない場合は、イシューの見極めと仮説の立て方が甘いので、詰め直す。
【言葉で表現する際のポイント】
- 「主語」と「動詞」を入れる
- 「WHY」よりも「WHERE」「WHAT」「HOW」が大事
- 比較表現(AよりもB、AではなくB)を入れる
イシューの特定方法
イシューや仮説を特定する手がかりを得るには、まず、取り組んでいるテーマ・対象について、全体としての流れや構造を大雑把に把握すること。時間をかけずに大枠の情報を集めるようにする。
【情報収集のコツ】
- 一次情報(生産/販売/使用現場、研究室、対象地方とそれと真逆の動きの地方、生データ)に触れる
- 基本情報(業界の競争関係/新規参入者/代替品/顧客・買い手/サプライヤー・供給企業/技術・イノベーション/法制・規制)を押さえる
- 集め(知り)すぎない
3は意外かもしれないが、情報量が一定値を超えたところで、新たに集められる情報量というのは減少する。つまり収集効率が低下する。知り過ぎると、既存の知識で解決しようとしてしまうため、生み出される知恵はむしろ減少してしまう(その道のプロである事業会社が、わざわざ高いフィーを払ってコンサルタントを雇う理由の一つ)
3が理由でイシューを特定できない場合のアプローチがある。
- いくつかの要素を固定して、考えるべき変数を削る
- 問題の構造を視覚化・図示化して、答えを出すべきポイントを整理する
- 最終形と現在の姿のギャップを整理する
- 「So waht?=だから何?」という問いかけを繰り返して仮説を深める
- 極端な事例を想定して、カギとなる要素を探る
イシューを分解する
十分な質のイシューが特定できたら、次は解の質を高める。
イシューそのものにいきなり答えを出すのは多くの場合、難しい。そこで、答えを出せるサイズまでイシューを分解することになる。
【イシューを分解する際のポイント】
- ダブりもモレもなく分解する(「MECE」という概念)
- 本質的に意味のある固まりに分解する
初心者は2を見逃しがちで、ゆで卵を黄身と白身ではなく、輪切りで分解するように、「ダブりもモレもないが、分解した要素がどれも大差ない」という状態に陥りがち。
イシューの分解は、その後の分析に大きな影響を及ぼす。例えば、「売上」は「個数×単価」「市場×シェア」「ユーザー数×ユーザーあたりの売上」「首都圏売上+関西売上+・・・」などに分解できるが、これらが同じ分析結果にたどり着くことはない。場合によっては分析が行き詰まってしまう。
典型的な問題の場合には、イシューを分解する「型」が存在する。ビジネスの世界で使い勝手が良いのは、「WHERE・WHAT・HOW」という、事業単位の戦略立案時に使う型。
- WHERE=どのような領域を狙うべきか
- WHAT=具体的にどのような勝ちパターンを築くべきか
- HOW=具体的な取り組みをどのように実現していくべきか
典型的でない問題の場合、型が存在しないことがある。その場合には、ゴール(最後にほしいもの)から逆算して考えるようにする。
イシューを分解した後は、個々の要素(サブイシュー)に対しても、メインのイシューと同じように、仮説を立てる。
ストーリーラインを組み立てる
イシューを分解し、サブイシューに仮説を立てたら、次はサブイシューをどのような順番で並べるか考える。この作業が「ストーリーラインの組み立て」である。仮説がすべて正しいという前提で、「どういう順番で説明すれば他の人に納得してもらえるのか」という観点でストーリーを組み立てる。
【典型的なストーリーライン】
- 必要な問題意識・前提知識の共有
- カギとなるイシュー・サブイシューの明確化
- 個々のサブイシューの検討結果
- 検討結果を統合した意味合いの整理
ストーリーラインにも代表的な「型」がふたつ存在する。
ひとつ目は「WHYの並び立て」。「第1に、第2に、第3に」という形で、最終的なメッセージを肉付けする理由や具体的手法をダブりもモレもなく並び立てる。
ふたつ目は「空・雨・傘」。西の空がよく晴れている→当面雨は降らなそう→傘を持っていく必要はない、というように、一連の流れを作る。
ストーリーを絵コンテにする
「絵コンテ」とは、個々のサブイシューに対して必要な分析イメージ(個々のグラフや図表のイメージ)のこと。仮説が証明されたと仮定し、どういう分析結果があれば納得してもらえるかということを軸に、ストーリーラインに沿って前倒しで作る。枚数に制限はない。必要なだけ作る。
作業としては、紙を縦に割り、左から順に「課題領域」「サブイシュー」「分析イメージ」「分析手法・情報源」(「担当と締切」)を書いていくと便利。
絵コンテ作りで大切なのは、「どんなデータがあれば、サブイシューを検証できるのか」を考えて大胆に描くことである。「このデータなら取れそう」というような、分析の限界に縛られた絵コンテを作ってはならない。
【絵コンテ作りの流れ】
- 軸の整理
- イメージの具体化
- 方法の明示
「軸の整理」とは分析の枠組みを作ること。噛み砕いて言えば「どのような軸でどのような値をどのように比較するか」というようなことである。
「比較」には、共通の基準で2つ以上の値を比べる一般的な比較のほかに、構成(全体と部分を比べる)や変化(同じものを時間軸上で比べる)もある。表現方法(グラフ、チャート)の種類はさらに多い。
比較に際しての条件を書き出し、似ているものを束ねていくことで整理しやすくなる。
「イメージの具体化」とは、チャートに具体的な数字を入れたり、意味合い(差/変化/パターンがある)を書き入れたりすること。もちろん「意味合い」は、サブイシューの検証に役立つものでなければならない。
最後に「どうやってそのデータを取るのか」という方法(分析手法やデータソース)を明示すれば、絵コンテ作りの作業は終了。
分析をすすめる
絵コンテ作りまでが完了したら、ついに本物の分析を行う。分析にあたっては、セオリーがある。
- 最もバリューのあるサブイシューに関係する分析から入る(本当にそれが検証できるのかについて、答えを出す)
- その後は、早く終わるものから手を付ける
さらに、重要なことは「フェアな姿勢で検証する」ということだ。ストーリーラインの組み立てや絵コンテ作りでは仮説が正しいという仮定のもとで動いていたが、実際の検証では答えありきの都合の良い解釈をしてはならない。全体をよく見て、本当に仮説は正しいと言えるのか、きちんと判断する必要がある。
典型的なトラブルと対策についても解説する。
【トラブル①:ほしい数字や証明が出ない】
- 構造化し、他の要素から推定する
- 現場に行って自分で情報を得る
- 複数の手法を試し、それらの答えから数値のレンジを推定する
【トラブル②:自分の知識や技では埒が明かない】
- 知人、研究者、有識者、専門家などに聞く
- 期限を決めて、それまでに解決しなければ、その手法には見切りをつける
分析においては、回転数とスピードを重視したい。完成度が高くなればなるほど、完成度を上げるのは時間がかかる。例えば、一気に80%を目指すよりも、最初は60%、次は残りの40%の60%(=24%、1回目と合わせて84%)というように、検証のサイクルを素早く複数回行ったほうが、結果的に所要時間は短くなり、完成度は高くなる。
まとめ
イシューの設定の大切さと、効率的な知的生産の手法について解説した1冊だった。そのアプローチは、一般的手法とは真逆で、例えるなら「迷路はゴールから解く」といったイメージである。
「問題を解くのではなく見極める」「解よりもイシューの質を上げる」「知り過ぎるとバカになる」「速くやるのではなくやることを削る」「答えが出せるかにこだわる」といった、本書を代表する考え方は、一般常識に照らし合わせれば真逆に思えるが、効率的にアウトプットを出すためには非常に重要であることを実感した。
以前にご紹介した『論点思考』でも、論点設定こそが最も重要と説いており、本書でそのことを再確認できた。
本記事では割愛したが、具体例やTipsが豊富に盛り込まれている。プレゼン資料をまとめていく作業についても解説されているので、そのあたりが気になる方には手にとってみることをおすすめしたい。
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