2020年1月に初版が発行された本。
著者のロルフ・ドベリ氏は、スイスの作家・実業家で、ザンクトガレン大学で経営学と哲学を学び、博士号を取得、スイス航空会社の複数の子会社で最高財務責任者、最高経営責任者を歴任後、オンライン・ライブラリー「getAbstract」を設立した。
執筆活動を始めたのは35歳で、ドイツやスイスなどの主要紙や、ビジネス・経済誌を中心にコラムを多数執筆してきた。
本書は、私たちが陥りがちな思考や行動の誤りについて、認知心理学や行動経済学の観点から原因と対処法について解説し、より賢く生き抜くための52の思考法について解説している。
ページ数はあとがき・参考文献まで含めて320ページ弱。
ある程度の文量はあるものの、わかりやすい解説と豊富な具体例によって、多くの人にとって読みやすい書籍となっている。
一覧
本書で扱っている現象や効果などの名前と記載されている内容は以下のとおり。
名前 | 内容 |
先延ばし | 重要だが厄介な行為になかなか取りかかれない |
カチッサー効果 | 理由があるだけで気持ちは落ち着くし、ないだけでいらいらする |
決断疲れ | 比較・吟味・決断をすると疲労困憊する |
注意の錯覚 | 見ようとしているもの以外は見えなくなっている |
NIH症候群 | 知らないところでつくられたものはネガティブに評価する |
努力の正当化 | 努力して手に入れたものの価値を過大評価する |
初頭効果/親近効果 | 先に/後から入ってきた情報のほうが記憶に残る |
モチベーションのクラウディング・アウト | 金銭的な理由で行っているわけではないことに金銭を介入させると意欲が減衰する |
ブラック・スワン | 人生に重大な影響をおよぼす、予想外の突発的な出来事 |
デフォルト効果 | 現状維持を選んでしまう |
偽の合意効果 | ほかの人も自分と同じ考えだと思い込む |
社会的比較バイアス | 自分より優位に立つかもしれない人を推すのを嫌がる |
内集団・外集団バイアス | 集団状況に置かれることによって起きる行動や心理の変化 |
計画錯誤 | 今日だけは例外的に予測どおりにことが運ぶと思い込む |
戦略的ごまかし | できる根拠も自信も皆無なのに大口をたたいてしまう |
ゼイガルニク効果 | 終わったことは記憶からすぐに消去される |
認知反射 | 反射的に思いついた答えは間違っていることがある |
感情ヒューリスティック | とっさの感情で判断する |
内観の錯覚 | 自問すれば正しい答えにたどり着くと考える |
選択肢の見過ごし | ある選択肢を次善の選択肢と比較することを忘れる |
瀉血効果 | もっと優れた説が登場するまで間違った説が棄てられない |
ウィル・ロジャース現象 | 机上の数字をいじるだけで印象をよくできる |
少数の法則 | 外れ値の影響を受けやすい少数の母集団はデータのまとめ方次第で突出して見える |
治療意図の錯誤 | 基準の設定方法のせいで調査結果が実態を反映していないことがある |
平均値の問題点 | 一部が突出している分布状態では平均値は意味をなさない |
ハウスマネー効果 | 思いがけず入ってきたお金の扱いは働いて稼いだお金よりもぞんざいになる |
心の理論 | ほかの人々が何を感じ、考えているかを感じとる鋭敏な感覚 |
最新性愛症 | 最新技術の役割を過大評価する傾向 |
突出効果 | 飛びぬけた特徴が必要以上の注目を集める |
フォアラー効果(バーナム効果) | 大多数に当てはまる性格描写を、自分だけに当てはまるように感じる |
クラスター錯覚 | ランダムな現象に対してパターンや法則を見出そうとする |
ローゼンタール効果 | 他者からの期待によって成績が向上する |
伝播バイアス | 既に消滅した、あるいは些細な「人とモノとのつながり」を重視する |
歴史の改ざん | 無意識のうちに過去の見解を現在の見解に合わせる |
無駄話をする傾向 | 思考の未熟さ、不明瞭さを隠すために饒舌になる |
ねたみ | 年齢や職業や暮らしぶりが似ている相手がねたみの対象となる |
チェリー・ピッキング | 自分に都合のいい事柄だけを並べ立てる |
スリーパー効果 | プロパガンダの影響は時間とともに強くなる |
職業による視点の偏り | 誰もが自分の得意分野に偏ったものの見方をする |
スキルの錯覚 | 成否を分けるのはスキルや能力よりも運の要素が大きい |
領域依存性 | ものごとに対する洞察力は、分野を越えて発揮されるわけではない |
ボランティアの浅はかな考え | より良い方法があるのにそれをせずに効果が低いボランティアを選択してしまう |
曖昧さ回避 | 確率がわからないものよりも、確率がはっきりしているものを好む |
情報バイアス | 情報が多すぎると決断の質が下がる |
ニュースの錯覚 | ニュースよりも長文記事や本のほうが役に立つ |
起死回生の誤謬 | 「不快なことが自分のためになる」というのは間違った思い込み |
考えすぎの危険 | 運動能力にかかわることや、幾度となく繰り返していることは直感で判断したほうがいい |
特徴肯定性効果 | 存在しているものは、ないものより価値が大きいように感じられる |
単一原因の誤謬 | 多くの要因が重なってできた結果に対し、単一の原因を突き止めようとする |
後悔への恐怖 | 後悔しないように、多数派からはずれないようにしようとする |
退路を断つことの効果 | 選択肢を減らすことでコストを削減し、最善手に集中する |
知識のもうひとつの側面 | 文字に対して軽んじられがちな実践を通じてこそ重要な知識は得られる |
詳細
上記の一覧のうち、特徴的なもの、補足が必要なものをいくつかピックアップする。
カチッサー効果
カチッサー効果で言うところの「理由」は形式上理由のように示されていればよく、実際に理由として体をなしている必要はない。
例えば、「5枚だけ先にコピーをとらせてもらえませんか?何枚かコピーをとりたいので」という発言において、コピー機に並ぶ人は全員コピーをとりたいのだから、「何枚かコピーをとりたい」は先にコピーする理由にはなっていないのだが、それでも形式上理由となっているだけで相手は順番を譲ってくれる場合がある。
「○○なので」という言葉は、人間関係の潤滑剤の役割を果たすので、こまめに使いたい。
NIH症候群
NIH症候群が社会に深刻な影響をおよぼすのが、賢明なアイデアであることは明らかなのに、それが異なる文化に由来しているという理由だけで取り入れられないという場合である。
例えば、スイスのアッペンツェル・インナーローデン準州では、最近まで女性に参政権を与えようという決定が自発的になされなかった。
何人かのグループでアイデアを出し、それを自分たちで評価する際にNIH症候群はとりわけ強くなる。
その結果として、そこまで良いわけでもないアイデアを過大評価し、失敗するということがある。
それを防ぐためには、グループを2つに分け、片方がアイデアを出し、もう片方がそのアイデアを評価するという方式を採用する。
努力の正当化
「努力の正当化」は「認知的不協和」の特殊な例と言える。
得たものの価値の低さに対して、それを得るために払った犠牲が大きすぎるとき、人は不快感を抱く。
それを解消するために得たものの価値を無意識的に過大評価するのである。
無意識に行われることなので、努力の正当化を防ぐのはほとんど不可能だが、正当化の存在を認識していれば、意識的に客観性を呼び起こすことができる。
特に「時間」と「労力」を費やしたときには、距離をおいて「結果」だけを見るように気をつけたい。
初頭効果
初頭効果により、会議に出席している「まだ考えを固めていない人」は、最初に出た意見の影響を強く受ける。
そのため、意見があるときは、ためらわずに最初に口を開くのがいい。
ところで、初頭効果と親近効果、相反する2つの効果だが、前者が優勢になるのはすぐになんらかの対処をしなくてはならないときで、後者が優勢になるのは時間が経ったときである。
いずれにせよ、何においても、途中で受ける印象にはあまり影響力がない。
デフォルト効果
デフォルト効果が働く理由は、我々が得をすることを求めるよりも損失をこうむることを避けようとして現状維持を好むためである。
このことを利用すると、市民を操作することができる。
選択肢をいくつか提示する際に、「標準案」として、選ばせたい選択肢を設定しておけばいい。
例えば車の購入時には、大半の人がカタログに載っている標準色を選ぶという。
計画錯誤
計画錯誤が起こる理由はふたつある。
ひとつ目は、私たちには希望的観測で計画を立てる傾向があるからで、ふたつ目は、プロジェクトだけに意識が向いてしまい、それ以外の予想外の出来事による影響を考慮しないからである。
複数人で共同のプロジェクトを行う場合に計画錯誤は特に顕著に表れる。
対処法としては、過去の事例を参考に時間とコストを見積もること、失敗することを事前に想定し、対応策を計画に盛り込んでおくことがある。
治療意図の錯誤
例えば、「スピード狂」は「理性的なドライバー」より安全な運転をするという調査結果が出た。
なお、この場合の「スピード狂」は平均時速150キロ以上出していた人、「理性的なドライバー」はそれ以外の人と定義する。
感覚的には信じがたい上記の調査結果がなぜ出るのかというと、事故を起こした人はその時点でタイムロスをするため、平均時速150キロ以上に達しないからである。
つまり平均時速150キロを出していた「スピード狂」の人も、事故を起こした途端に「理性的なドライバー」に分類が変わってしまうため、「スピード狂」の人の事故件数としてカウントされなくなってしまうのである。
このようなことが起こりうるため、調査結果を見るときは、何かしらの理由で調査対象から離脱した要素がないかどうかをチェックしたほうがいい。
スキルの錯覚
成功を収めた会社の創業者のうち、複数の会社を成功させている人は「全体の1%以下」にすぎない。
もし成功の主要因が、創業者のスキルや能力だとすれば、複数の会社を成功させている人の少なさに理由がつかない。
結局、一番影響力がある要素は「運」なのである。
ボランティアの浅はかな考え
様々な理由でボランティア活動に参加したがる人がいるが、客観的に見て、ボランティア活動に意義が生まれるのは、自分の専門知識を活かせるときである。
専門以外の分野でボランティアをしても、効率は悪いし、専門の人の仕事を奪うということにもなりかねない。
そんなことをして「社会貢献をしたという」自己満足に浸るくらいなら、自分の専門分野で少し多く働き、得たお金を寄付して専門家に使ってもらうほうがいい。
ただし、著名人のボランティア活動は例外。
その人が参加するだけで活動の注目度は大きくアップし、ボランティア活動に利益をもたらすからである。
まとめ
日常生活でついやってしまいがちな、良くない「あるある」を理論的な視点から解説した興味深い一冊だった。
個人的に気になったものを取り上げたが、一覧に示したとおり、他にも様々なトピックがあるので、気になる方は読んでみることをおすすめしたい。
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