記憶力世界一チャンピオンのマル秘記憶術

2010年6月に初版が発行された本。

著者のドミニク・オブライエン氏は世界記憶力コンテスト8回優勝をはじめとして、数々の記憶に関する輝かしい実績を持ち、世界記録も多数保有している記憶の達人。

本書では、「記憶力は努力によって鍛えることができる」と主張する著者が、実際に使用している記憶のテクニックや、それを活用できる場面について解説した本である。

ページ数は索引等まで含めても160ページほどだが、専門的な技術について解説しているので、見た目以上のボリューム感がある。
技術を完全に習得して、自分のものとするには、繰り返し熟読し、実践することが必要となるだろう。

記憶力を強化するための技術

ここでは、実際のテクニックの解説の前段階として、その裏付けとなる重要な原理について解説する。

記憶は鍛えるもの

記憶力は先天的な要素だけで決定するものではなく、後天的な努力によって向上させることができるものである。
また、筋肉と同じで、脳は十分に仕事を与えて刺激しないと、退化してしまう。

逆に、脳を使えば使うほど、脳は中身が充実してきて大きくなるだけでなく、精神の柔軟性が高まり、あらゆる精神機能の向上につながる。

毎晩、1日に起きたこと、特定の会話の内容、色々な状況で感じたことや考えたこと、その時周りにあったものなどを詳しく思い出す訓練をすることにより、記憶力を磨くことができる。

想像の技術

何かを忘れないためには、それが想像力をかき立てるものであることが重要となる。

逆に考えれば、一見何の面白みもない、すぐに忘れてしまいそうな事柄でも、生き生きとした想像的なものに脳内で変換することで、効率的な記憶ができるということである。

変換方法としては、まず心理画像を思い描き(心の中に実体を思い描き)、次にそれが自分の感覚をどんな風に刺激するかを想像する。
五感の刺激だけでなく、周りの状況などをできるだけ具体的に想像することによって、効果をさらに高めることができる。
また、想像した画像は、超現実的であればあるほど、頭の中に強い印象として残りやすくなり、後から引き出しやすい記憶となる。

連想の技術

連想(本質的に異なる2つの事柄を心の中で結びつけること)は、回想において重要な役割を担っている。

これを利用し、記憶したい対象から人工的に連想を作り上げることによって、覚える時や思い出すときに有効な助力となる。
連想は、対象と同名の人物や都市などでもいいし、感覚的な事柄や近い発音を持つ言葉などでもいい。
そして、言葉を連想するだけではなく、そこに対象物の特徴などを結びつけてイメージすると効果はさらに上がる。

位置付けの技術

例えば、玄関の鍵が見つからなかった時、多くの人が過去の足取りをたどって置き場所を思い出すように、私たちは、様々な情報を残してきた場所へ心の中でいつでも立ち戻り、それを引き出すことができる。

これを利用し、覚えておきたいことを心の中の固定された明確な場所(家の中や、よく訪れる場所)に置き、思い出す必要が生じたときに、いつもの足取りをたどって情報を引き出せるようにする。
この位置付けの技術は、「旅のメソッド(後述)」にも通ずる、非常に強力なテクニックである。

集中の技術

記憶力を磨く上での最大の障壁の一つが、「集中力を欠くこと」である。

流れてくる情報や、自分が今経験していることにすべての神経を集中させ、同時に脳が適切な連想を行えるようにしなくてはならない。

筆者は以下の瞑想法を紹介している。

  1. 静かな部屋で、仰向けになり、クッションを首の下に置く。この際、両腕の力は抜き、手のひらを上に向け、足は自然な幅に開く。
  2. 目を閉じ、鼻からゆっくりと、深く息を吸い込み、口からゆっくりと吐き出す。瞑想中は終始この方法で呼吸する。
  3. 目のすぐ後ろの空想上の場所に、小さな明るい光が浮いている様子を想像し、そこに全神経を集中させる。
  4. 息を吸う際に光が明るく膨らみ、吐く際に暗く縮む様子を思い浮かべる。気持ちよく続けられる限り、集中状態を持続させる。これを1日に1回以上行う。

観察の技術

私たちの記憶は、すべての感覚をフルに用いた時、最も正確になるが、視覚が重要な役割を担っていることを想像に難くない。
何かを観察する際、漫然と見るよりも、色や形、大きさ、目立った特徴などに注意して観察する方がはるかに深く記憶が脳に刻み込まれる。

また、心の中に細部を正確に思い描くことは、精神集中や注意深さを磨く訓練にもなり、それ自体が記憶力のトレーニングにも役立つ。

復習と繰り返し

記憶にとって反復が不可欠な要素であることは疑いようのない事実である。

しかしこの場合の「反復」は、意味もないことをひたすら詠唱することではなく、定期的に繰り返し記憶の手順を踏むことで、頭の中の様々な連想の道筋を定着させることを意味する。

よくある反復としては「反復5回の法則」が知られている。
覚えたいことを、1時間後、1日後、1週間後、2週間後、1ヶ月後の計5回反復することで記憶を定着させる方法である。

記憶と健康

記憶力を高めたり、記憶を最良の状態に保つためには、まず肉体を健康に保つことが一番大切。
とはいえ、難しいことをする必要はなく、定期的に運動して、健康的な食事をとればそれで良い。

個別の要素で言えば、イチョウの葉のエキスが記憶を高め得ることは実証されている。

ビタミンA、C、Eを豊富に含む食品(バナナ、ピーマン、ほうれん草、オレンジなど)は脳の健康に大きく寄与する。

脂の乗った魚は、葉酸及び複数の必須脂肪酸を含んでおり、精神衛生を良好に保つ上で重要な働きがあるので、週2回は食事に取り入れたい。

また、魚ほどではないが、その他のタンパク源(鶏や豚、乳製品、豆腐など)も記憶力に有益な効果をもたらす。

いろいろな記憶法

これまでに触れた技術を元に、より具体的なテクニックについて言及する。

ニーモニック

この言葉は、厳密に言えば、あらゆる記憶術のことを指すのだが、一般的には頭字語(後述)や覚え歌などの、言葉を基盤にしたテクニックを指す時に用いられる。

頭字語とは、覚えたい言葉の最初の1字だけを集めて作った言葉で、例えば北アメリカの五大湖(ヒューロン湖、オンタリオ湖、ミシガン湖、エリー湖、スペリオル湖)を覚えるための頭字語は、「HOMES」である。

数字列を覚える際には、それぞれの数字と同じ文字数の言葉をつなげるニーモニックもある(英語のように語が区切られている言語で有効)
例えば円周率3.14159…ならば “I have a super technique”という具合である。

ニーモニックを使う際にも、連想を行うことにより、記憶を定着させやすくなる。

心理フックのシステム

初歩的な位置付けの技術と想像とを併用する。

具体的には、心の中に目立つ「標識」(覚えやすく、複数あるなら互いに連想しやすいもの)を立て、そこに覚える情報を結びつける。

心理フックのシステムでは、理論上はいくつでも情報を記憶することが可能だが、現実的にはフックをいくつ使ったかということも覚えておかなければならないため、10個のようなキリの良い数が理想的である。

物語のメソッド

覚えたいものや事柄をつなぎ合わせて物語を作るという方法。

どんな時でも十分に注意を引きつけるようなつながりを考え出すために、物語を超現実的にしたり、動きをつけたり、色彩を強烈にしたりする工夫が有効。

中には思い描くのが難しいものもあるだろう。
その場合は、言葉の部分使用(ワシントン州→washing→洗う)や、画像の使用(天文十二宮の名前自体ではなく、シンボルを使用)といった方法がある。

旅のメソッド

心理フックのシステムと物語のメソッドを合体させたものに位置付けも加えた方法で、筆者は「すべての記憶テクニックの最高峰」と考えている。

あらかじめ決めておいた心の中の道筋をたどり、道中に設定された一定数の宿場(記憶したいことを留めておけそうな場所)に情報をひとつずつ置いていく。
この際も、想像を膨らませてイメージすることが大切。

実は旅のメソッド自体は、私たちが普段自然に行っている。

例えばゴルフ愛好家が、回ったホールを思い返しながら、それぞれのホールで使ったクラブの種類やストローク数、パット数などを記憶しているのは旅のメソッドにほかならない。

意識的に行う記憶術との違いは「宿場にはめ込んでいる情報が、旅と関係あるものであるか否か」という点のみである。

実際に選ぶ旅は、自分がよく知っているコースならどこでもいいが、宿場がはっきりしていて、後で思い出しやすいことが大切。
例えば毎朝の通勤コースや、自宅から実家までの道のり、子供時代の散歩道や通学路でもいいし、筆者はお気に入りのゴルフコースを使っている。

どのコースを選ぶにせよ、ひとつひとつの宿場をできる限り詳細に思い描くことが重要。
また、覚えたい対象の数と宿場の数は合わせておく。

宿場に情報を置いていく際には、具体的な場面を頭に思い描くことを意識する。
想像力を膨らませて、特徴的なシーンに仕立て上げられればなお良い。

ドミニク・システム

筆者が考案した、数字を覚えるための手法。

まず、0から9までの数字にアルファベットの10文字を一文字ずつ当てはめる。
単純にA,B,C…としてもいいが、0は形が似ているからo、6はsiksと発音するのでs、といったように創造性のある関係を混ぜ込むと効果的。

次に、数字を2つずつ組み合わせて、名前のイニシャルが表せるようにする。
(先述の例でいうと、66はSSなのでシルベスター・スタローン)
人選にはできるだけ変化をつけた方が良く、特有の行動パターンや小道具を連想できる人を選ばなければならない。

ここまで準備できたら、あとは覚えたい数字を2桁ずつに分解し、イニシャルに変換、行動を結びつけてストーリーを構築する。

数字形システム

これもドミニク・システムと同じく、数字を覚える手法。
数字形システム単体でも使用できるし、ドミニク・システムで奇数個の数字を覚える際、余ってしまった1つを覚えるのに使っても良い。

まず、0から9までの数字を、その形から連想される物体に置き換える。
一例は以下のとおり

0 金の指輪・サッカーボール
1 ろうそく・鉛筆
2 白鳥・蛇
3 手錠・横から見た唇
4 ヨットの帆・旗
5 タツノオトシゴ・壁掛けフック
6 象の鼻・ゴルフクラブ
7 ブーメラン・飛び込み台
8 雪だるま・砂時計
9 紐付き風船

上の例にこだわる必要はなく、とにかく自分の好きなものを連想することが大切。

あとは覚えたい数字列を一桁ずつ物体に置き換え、物語を作る。
長い数字列を覚えたい場合には、旅のメソッドと併用するのがおすすめ。

記憶の活用法

これまでに述べたテクニックを実生活で使用する場面として、いくつか具体例が提示されている。
以下に掲載してあるのはあくまでも一例であり、メソッドについては自分で試してみて、一番しっくりくるものを使うのが一番である。

顔と名前を覚える 様子や顔の特徴を元に連想の技術を使う
誕生日や記念日を忘れない 最大宿場31の旅のメソッドに月間の予定を落とし込む
言葉を思い出す アルファベット(日本語なら50音)を順にたどってピンとくる文字に行き当たるまで探し続け、発音してみる
スピーチを覚える 論理的な文章を構築、ひとつひとつの論点を想像性豊かな映像に置き換え、旅のメソッドに落とし込む
トランプの順番を覚える 絵札は似た人物、数札はマークの頭文字とドミニク・システムで人物に変換し、宿場数52の旅のメソッドに落とし込む
学業 ニーモニックや数字形システムを活用

まとめ

記憶に関する根本的な原理と具体的なテクニック、使用場面について解説された本だった。

この本を手にとったきっかけは、『コールド・リーディング -人の心を一瞬でつかむ技術-』を読んだ際に紹介されていたというだけのことだったが、有意義かつ実用的な1冊で、結果的に良い選択だったと感じる。

本記事では割愛したが、本書では記憶にまつわる歴史や、様々な理論についても触れられているので、興味がある方は読んでみることをおすすめしたい。

 

 

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