2017年7月に初版が発行された本。
著者のシバタナオキ氏は楽天株式会社の元執行役員で、東京大学工学系研究科助教やスタンフォード大学客員研究員などの経歴を持つ。
現在はそれらの経歴を活かし、Webコンテンツ・プラットフォームの「note」で「決算が読めるようになるノート」を連載中。
本書は「決算が読めるようになるノート」の内容を再編集し、著者が日頃行っている決算分析のやり方を説明したほか、有名企業の経営戦略を決算から紐解いたものである。
ページ数は約300ページ。
財務・会計のプロではない人が決算を読むということを念頭に書かれた本であるため、専門用語の解説や具体例が豊富で、比較的読みやすい本である。
決算を読めるようになると何の役に立つのか
「決算が読めるようになるノート」等を通じて筆者に寄せられた声として
- 営業成績アップ
- サービス開発だけでなく事業そのものをコントロールできるエンジニアになれた
- より成長性の高い会社に転職できた
といった事例が紹介されている。
また、上記の事柄に限らず、数字は万国共通で、業界・業種の違いを超えてあらゆるビジネスで使われている。
決算という数字から戦略を読み取る力は、どんな職業の人もすぐに実務で使えるスキルと言える。
決算を上手に読むための10ヵ条
会計の素人でも決算を上手に読めるようになるコツとして筆者が提示しているのが次の10ヵ条
他人の家庭の「家計簿」を覗くつもりで読む
そのくらいの軽い気持ちで気負わずに読めばいい。
必要なのは四則演算のみ
財務・会計のプロならともかく、素人が決算を読むだけならそれだけあれば十分である。
決算短信ではなく、決算説明会資料から読む
決算短信は非常に専門的で読みにくく、文字数が多いが、決算説明会資料は様々な立場の株主が読んでも理解できるようにわかりやすく作成されている。
企業の「将来」を予測しようとする前に「過去」を正確に理解する
そもそも会社の未来を正確に見通すことは不可能。
しかし、過去の情報を圧倒的な量で集め、正確に理解することによって、経営や各事業の行く末がぼんやりと読み取れるようになる。
各ビジネスの構造を数式で理解する
ビジネスモデルごとに「押さえておきたい方程式」があり、これを用いてビジネスの構造を理解する。
各ビジネスの主要な数字を暗記する
「方程式」を埋めるために必要な数字がどれなのかを理解する。
徹底的な因数分解で「ユニットエコノミクス」を計算する
ユニットエコノミクス=顧客1人あたりの平均の経済性。
これを算出し、同業界の競合他社と比較することで、各社の強み・弱みや業界構造が見えてくる。
成長率(対前年比/YoY)を必ず確認する
同じ売上額・利益額でも成長率によって立ち位置は大きく変わる。
1社だけではなく、類似企業の決算も分析・比較する
比較対象を定めることで、違いが浮き彫りになり、業界や企業の「今」を推し量ることができるようになる。
類似企業間の違いを説明できるようになる
類似企業間の売上や成長率の差に寄与する原因がどこにあるのかを分析できるようになれば一人前。
決算を読む習慣をつけるには
決算は3ヶ月ごとに新しいものが公開される。
したがって、情報と知識をアップデートし続けないと、あっという間に使えないものになってしまう。
それを防ぐためには普段から決算を読む習慣をつけることが必要となる。
習慣付けのために必要なステップは次の3つ
「10ヵ条」を改めて読む
基礎に忠実に守るということ。
なお、本記事では10ヵ条が出てきたばかりなので、違和感を覚える方がいらっしゃるだろうが、実際の書籍ではこの項目は最終章に掲載されている。
(中盤は実在の企業の決算を用いた分析の具体例であるため、まとめという位置づけの本記事ではこの位置に移動した。)
関心がある業界の決算資料を「1社15分」で読む
決算を読むことは多くの読者にとって本業ではないので、時間を有効活用するためにも、自分で時間を区切って分析を試みることが大切。
決算から得た知識を実際の仕事で使う
ただし、はじめから大舞台で試すのはリスクが大きいし、知識を仕事で活かせる人ばかりとは限らない。
最初のステップとしておすすめなのは、まず、同僚や友人との日頃の会話の中で、決算の話題を提供するという身近な方法から試みること。
勉強会を開催してみるのも一つの手である。
十分に自信がついたら、社内のプレゼンテーションやクライアントとの商談などの機会で実戦投入するのが良い。
実在企業の決算を読む
実は本書では、決算を読むことに関する包括的な方法は冒頭(本記事ではこれまでに書いた事項)だけで語られており、あとの大半(270ページあまり)は、ビジネスジャンルごとに、実在企業の決算を通じて、より具体的な事項について書かれている。
以下に主要なものを掲載する。
ECビジネス
【方程式】
- ネット売上 = 取扱高 ✕ テイクレート
【決算を読み解く3Step】
- 各サービスの「取扱高」をチェック
- 取扱高とネット売上から「テイクレート」を算出
- 取扱高とテイクレート改善のための打ち手を確認
上記式からわかるように、ネット売上を上げるためには取扱高とテイクレートを上げれば良い。
2つのうち特に重要なのは、取扱高。
Amazonのような直販型では、取扱高が大きくなればボリュームディスカウントで仕入れ値が下がるし、楽天のようなマーケットプレイス型では出品者から見て場の魅力が増すため、さらに出品者が増えることになるためである。
この分野で取り上げている主な企業と事例は次のとおり。
企業 | 事例 |
Amazon | 巨額投資による物流改善 フリーキャッシュフローの最大化と積極的な再投資による「規模の経済」重視 |
楽天 | 日用品EC(爽快ドラッグ)を抱えることによる購買頻度の向上 |
ヤフー | 出店料と売上手数料を無料にし、広告出稿料だけで稼ぐ戦略 日用品EC(ロハコ)を抱えることによる購買頻度の向上 |
eBay | 「商品カタログ」の整備 スマートフォンアプリへの導線強化 |
FinTechビジネス
【方程式】
- 売上収益 = 預金残高 ✕ 金利
- 売上収益 = 貸付残高 ✕ 金利
- 売上収益 = 取扱高 ✕ 手数料パーセント
【決算を読み解く3Step】
- 各サービスが何で収益を上げるモデルかを確認
- ビジネスモデルごとに使われる「公式」をチェック
- 公式にあてはめる指標を決算からピックアップ
FinTechというジャンルでは、「ストック」と「フロー」のどちらで稼ぐビジネスなのか把握することが、決算分析の最初の入口になる。
この分野で取り上げている主な企業と事例は次のとおり。
企業 | 事例 |
Square |
「振込サイクルの高速化」「決済端末の高速化」「ApplePay対応」へのいち早い着手 |
PayPal | 「ユーザー同士」と「ユーザーと店舗間」の二重のネットワーク外部性の有効利用 |
楽天 | 楽天市場における大胆なポイント還元による楽天カードや楽天銀行の利用促進 |
ZOZO | 「年利20.76%のリボ払い」に相当する「ツケ払い」サービスの提供 |
リクルート | Airレジのトランザクションデータを活用した中小企業向け高金利融資 |
ヤフー | ジャパンネット銀行を通じた資金調達によるクレジットカード事業 |
Tesla | 走行履歴情報を活用した自動車保険事業 |
広告ビジネス
【方程式】
- 売上 = ユーザー数 ✕ ユーザーあたりの売上(ARPU)
※ARPU : Average Revenue Per User
【決算を読み解く3Step】
- 「ユーザー数」(特にアクティブユーザー数)をチェック
- 「売上」を「ユーザー数」で割り算して「ARPU」を算出
- 「APRU」を類似サービスや競合と比較
広告ビジネスでは、実際にコンテンツを「能動的に」閲覧している「アクティブユーザー数」が重要になる。
そのため、決算資料等においてARPUの他に
- ARPMAU = Average Revenue Per Monthly Active User
- ARPDAU = Average Revenue Per Daily Active User
といった指標が使われることがある。
ちなみに2016年時点で、テレビにおけるARPMAUは約1,000円。
これに対し、ヤフーのARPMAUは408円と遠く及ばないが、Facebookの北米におけるARPMAUは912円と、日本のテレビ局とほぼ同水準まで伸びている。
2016年時点で、世界のスマートフォン市場は「北米+ヨーロッパ」と「アジア+その他地域」で成熟度が二分されている。
前者ではスマートフォン普及率の頭打ちによりユーザー数の伸びが鈍化しつつあるものの、ARPUの伸びが顕著。
一方、後者ではユーザー数・ARPUの両方が伸びている。
この分野で取り上げている主な企業と事例は次のとおり。
企業 | 事例 |
LINE | 日本におけるARPUは月間129.4円(うち広告ARPU47.9円) 伸びしろが大きいのはパフォーマンス型広告(タイムライン型広告) |
サイバーエージェント | 地上波テレビのCMと同じ売り方・価格体系で攻めたAbemaTVが地方テレビ局並のユーザー数に成長 |
広告枠の頭打ちにより、「ながら視聴」層を狙ったテレビCMを実験的に開始 |
個人課金ビジネス
【方程式】
- 売上 = 広告売上 + 課金売上
- ユーザーあたりの売上(ARPU) = 広告ARPU + 課金ARPU
【決算を読み解く3Step】
- ARPUを「広告ARPU」と「課金ARPU」に分解
- 「課金ユーザー数」を増やすための施策を確認
- 「課金ARPU」を増やすための施策を確認
個人課金ビジネスの中でも近年特に大きく成長しているのが、継続課金型のビジネスで、具体例としては動画配信や音楽ストリーミングがある。
また、iOSとAndroidを比較した場合、ショッピングアプリにおいてはiOSの方が消費額が大きく、Androidの方が課金率が高い傾向がある。
この分野で取り上げている主な企業と事例は次のとおり。
企業 | 事例 |
Netflix | 年間営業利益の約3倍の借入金を元手にした独自コンテンツ制作への投資 |
Spotify | 有料課金型で、広告型よりも売上は大きくなると予測 |
Pandora | 広告型で、有料課金型よりもユーザー数は多くなると予測 |
クックパッド |
今後の成長のカギは「プレミアム会員の純増数」と「海外事業」の伸びが握っている |
カカクコム | 食べログの伸びしろは、レストラン予約サービスにおける店舗課金 |
携帯キャリア
【方程式】
- ユーザーあたりの売上(ARPU) = 「音声ARPU」+「データARPU」+「サービスARPU」
【決算を読み解く3Step】
- ユーザーあたりの売上を上記の「3つのARPU」に分解
- 「3つのARPU」のうち、どのARPUが伸びているかを確認
- 2を踏まえて、各社の差別化戦略に注目
この分野では、ユーザーを増やし、利用頻度を上げることがビジネスの基本路線になる。
ただし、規制産業ゆえ、他社との差別化は困難であり、「ユーザー数もARPUも増やすのが非常に大変である」という前提を理解して決算を読む必要がある。
近年勢力を拡大しているMVNOだが、3大キャリアがMVNOや「格安携帯キャリア」と連携を強めるのは、競合へのユーザー流出を防ぐための善後策である。
ちなみに、MVNOビジネスの月あたりのARPUは1,000~1,500円くらいと試算される。
この分野で取り上げている主な企業と事例は次のとおり。
企業 | 事例 |
NTTドコモ | 「dTV」「dアニメストア」「dマガジン」といったエンタメへの注力 |
KDDI | 「au WALLET」を核とした、提携店舗を巻き込む金融サービスへの注力 |
ソフトバンク | サービスレイヤーをヤフーに託し、インフラビジネスに特化 |
T-mobile | 徹底的にユーザー目線に立った施策によりシェアを拡大 |
番外 -M&Aについて-
【方程式】
- 売上マルチプル = 買収金額 ÷ 売上
- 営業利益マルチプル = 買収金額 ÷ 営業利益
- のれん代 = 買収金額 ー 買収対象の純資産額
【決算を読み解く3Step】
- 買収する会社の売上や営業利益をチェック
- その後に、買収金額でマルチプルを算出
- 買収後は、「のれん代」の償却状況を確認
のれん代償却については、会計基準が日本基準かIFRSかで以下ののようなルールの違いがあるので注意したい。
【日本基準】
- のれんは毎年一定額を償却する必要あり
- 急成長する市場で急成長スタートアップを買収したい場合に不利
- 予定外の「のれん減損」のリスクは少ない
【IFRS】
- 毎年減損テストを行い、実態に沿って「のれん」の評価損を計上
- 急成長する市場で急成長スタートアップを買収したい場合に有利
- 買収後に予定どおりに進捗しない場合、(大)減損が起こり得る
まとめ
「決算を読む」ということについて、包括的な方法と、分野ごとに特化したコツについて、わかりやすく解説されている本だった。
本記事では割愛しているが、各分野については、実際の決算資料を用いて詳細な分析がなされているので、興味がある人は手にとってみると良いだろう。
コメント