未来型国家エストニアの挑戦 電子政府がひらく世界

2017年2月に初版が発行された本。

著者のラウル・アリキヴィ氏はエストニア出身で、タルトゥ大学卒業後、早稲田大学で修士課程を修了、エストニア経済通信省の局次長等の経歴を持つ。
現在はエストニア行政での経験と知識を生かしてコンサルティングやクラフトビールの輸入販売、IoTなど幅広い事業を手掛けている。

本書では、高度に電子化されたエストニア行政やエストニア人の生活及びそのメリットを紹介するとともに、日本政府が電子化を推進するにあたって課題となる事項について解説されている。

ICT関係の用語やエストニアならではの固有名詞等は頻出するが、全体で170ページほどの文量なので、比較的手を出しやすい本と言えよう。

エストニアについて

エストニアはヨーロッパ北部に位置し、東はロシア、南はラトビアと陸続きで、北は海を隔ててフィンランドに接している。

総面積は45,227平方km、人口は132万人あまり(2020年)で、国土のほとんどを低地が占めている。

ラトビア、リトアニアと合わせて「バルト三国」と呼ばれることが多いが、これらの国は、文化的、民族的、言語学的に見ても、それぞれに異なる背景を持っており、フィンランドと地理的、民族的に近いエストニア人には、東欧よりも北欧の一員としての自覚が強く現れている。

歴史は次のとおり(参考:外務省HP

年月 略史
1219年 デンマーク人が進出し,タリン市を築く。
1346年 ドイツ騎士団が進出し,領有。
1629年 スウェーデン領となる。
1721年 北方戦争の結果ロシア領となる。
1918年 独立を宣言。
1920年 ソ連と平和条約を締結。
1940年 ソ連に併合。
1991年8月20日 エストニア最高会議が独立回復に関する決定を採択。
1991年9月6日 ソ連国家評議会がバルト三共和国の国家独立に関する決定を採択。
2004年3月 NATO加盟
2004年5月 EU加盟
2010年12月 OECD加盟
2011年1月 ユーロ導入

なお、エストニアはソ連による併合を認めていないことから、8月20日は「独立回復の日」とされ、独立記念日は1918年2月24日としている。

エストニアのICT政策のあゆみ

エストニアにおける主だったICT政策や活動/サービスを年表として示すと次のようになる。

1991年 再独立
ICTとバイオテクノロジーに資本を集中
1996~2000年 タイガーリーププロジェクトの実施
1998年 「エストニア情報ポリシーの原則」採択
政府ポータルサイトを開設
2000年 閣議の電子化を開始、「電子署名法」の施行
2001年

TOM(eデモクラシー)の開始、のちにOSALE(eデモクラシー)に吸収
データ交換レイヤー(X-Road)開始
「情報公開法(Public Information Act)」の施行

2002年 The Look@Worldプロジェクト(~2004年)
eIDカードの発行開始
eKoolサービス開始
2003年 有志によるWi-Fi無料化の草の根運動が始まる
2004年 「エストニア情報ポリシーの原則2004~2006」
「Estonian IT Interoperability Framework」
2005年 インターネット投票の開始
2006年 「エストニア情報社会戦略2013(ESTONIAN INFORMATION SOCIETY STRATEGY 2013)」
2007年 企業の電子登記の開始、モバイルID開始
2008年 電子医療システム開始
2013年 「エストニア情報社会戦略2020(DIGITAL AGENDA 2020 FOR ESTONIA)」

サービス利用環境と情報基盤

エストニアではサービスごとに新たにゼロからシステムを作るのではなく、まずサービスに共通して用いられる情報基盤を構築し、その共通基盤の上に各種アプリケーションを構築する方針を取った。
これによりアプリケーションの開発、改良作業の負荷を軽減し、コストを低く抑えることに成功している。

eIDカード

エストニアIDカード「eIDカード」は2002年に発行開始されたカードで、身分証明書法という法律により、15歳以上のすべてのエストニア国民及び1年以上の有効期限がある在住許可証を所持するすべての在留外国人に対し、所持が義務付けられている。

カード表面には所持者の「手書きの署名」と「写真」が掲載されているほか、以下のデータも印字されている。

  • カード所有者の氏名/個人コード(国民ID番号)/誕生日・性別・市民権
  • カード番号
  • カードの有効期限

裏面には、次のデータが印字されている。

  • カード所有者の出生地
  • カードの発行日付
  • 在住許可証の詳細及びその他の情報
  • 機械読み取り可能なICAOフォーマットでのカード及び所有者のデータ

なお、名前と番号そのものは個人情報保護対象ではないため、カード上に記載されていることからくる問題は起こらない。

さらにカード内部には、個人情報と2つの証明書(電子認証用と電子署名用)を記録したICチップが埋め込まれている。

エストニアでは、電子署名法に従い、電子署名は手書きの署名と同等とみなされ、国民や企業が行政サービスを利用するときはもちろん、民間企業間の取引や市民相互間の取引でも広く効力を持つ。

RIHA

エストニアでは、国のデータベースの複製を省庁や組織ごとに作成したり利用することが許されていない。
各機関はシステム管理責任者が管理するシステムの構成、データベースの形式とアクセスするための方法を明記して、情報を利用したい関係者に知らせる必要がある。

そこで、RIHA(国家情報システムの管理システム)が開発された。
その目的は国の情報システムの管理を透明にし、情報管理の計画を確立するとともに、公共サービスを提供するデータベースの相互運用性をサポートすることである。

RIHAのターゲットグループは以下のとおり。
なお、RIHAの基本データは、すべての市民がアクセスできるよう公開されている。

  • 政府機関の情報システムの管理者及びメンテナンス責任者
  • 国の情報システムが提供するサービスの利用者
  • 情報システムに使用されている分類の管理者及びメンテナンス責任者
  • 国の情報システムに関する情報の受け手となる法人と個人
  • 国の情報システムの調整機関としての経済通信省
  • 国の情報システムの中央での管理者及びメンテナンス責任者としての経済通信省
  • 統計データの収集責任者及び分類方法作成コーディネータとしての経済通信省
  • 個人情報保護の監督機関としての情報保護監察局
  • エストニア社会に関する情報の保存と利用に責任を持つ国立公文書館
  • 政府機関職員のための情報システムのサービスデスク及びエストニア情報科学センターのサービスデスクのスタッフ

X-Road

エストニアの政府システムは分散型で、各部門で開発された情報システムをインターネットに接続し、データ交換層を介して安全に情報の交換を行っている。
そしてその「データ交換層」のことを「X-Road」と言う。

X-Roadでは2段階のアクセス権制御メカニズムの下、インターネットバンキングや民間・企業・公務員向けの各種ポータルサイト等に用いる情報の交換が行われている。

電子政府によって提供されるサービス

エストニアの電子政府サービス開発は、一度作ったあとは作りっぱなしではなく、利用者の声を反映させ、改良を重ねていくのが特徴である。

以下に代表的なサービスを紹介する。

eデモクラシー

エストニアでは2005年に地方政府の選挙で、2007年に国政選挙でインターネット投票が採用された。

投票に必要な物はeIDカードのみで、2015年の国会議員選挙ではインターネット投票の利用率は30%を超えている。

また、2007年には「Osale」という参加型ポータルサイトが開設された。
Osaleを通じて市民や団体は政府に提案を提出したり、公共の協議/公聴会に参加して自分の意見を述べたり、法律の審議がどこまで進んでいるかを検索できるようになっている。

行政サービス

住民登録台帳(Population Register)のeサービスでは、居住届、住居所有者請求、出生届、出生届提出時の名前検索、証明書コピー申請、血縁関係検索、名前統計検索などができる。

商業登記所の会社登記ポータル(Company Resistration Portal : CReP)では、登記申請やそれに必要な書類、会社の年次報告書を提出できるほか、会社連絡先データ、取締役会、監査役のリスト、活動領域などの変更を届け出ることができる。

エストニアでは一般的な環境での起業にかかる時間はわずか18分とも言われており、その手軽さから、人口あたりのスタートアップ企業の数は2016年時点で日本の53倍にも達する。

ほかにも、電子土地登記簿で地積情報や所有権等を確認したり、インターネット上で警官にコンタクトを取ることも可能となっている。

また、首都タリン市では、出生手当の申請が電子化によって非常に簡便なものとなったり、モバイル端末ひとつでパーキングサービスを利用できたり、eIDカードで公共交通機関に乗れるようになっている。

税金

エストニアの税制度は日本と比較すると単純で、法人は法人税・社会税・消費税、個人は所得税・消費税を納めることになっている。
また、地方ごとにかける「地方税」も存在する。

これらの税金は、行政が毎年3月に税の明細を作成するので、市民はそれをポータルサイトから確認して電子署名を行うことで確定させることができ、それによって税の還付を受けることができる。
窓口申告では3ヶ月かかるが、電子申告の場合には3日程度で還付金が口座に振り込まれるため、電子申告の利用者は95%にも及ぶ。

医療

エストニアでは、2008年から電子医療管理サービスがスタートした。

個別の健康保険証はなく、eIDカードの提示によってその人が健康保険に入っているかを確認することができ、入っている人はエストニア国内のどの病院でも無料で診療を受けることができる。

電子医療記録、電子画像の保管とアクセス、オンライン予約、電子処方箋などのシステムが実際に利用され、病歴などは電子的に管理されているため、病院や医師に関わらず病歴に基づいた診断をしてもらうことができる。

教育

1996~2000年にかけて、ICT立国を目指してタイガーリーププロジェクトが実施され、すべての学校でインターネットを利用できる環境が整備されたと同時に、新しいスキルとして教師に対しインターネット教育が実施された。

現在では、義務教育段階でプログラミングを教えたり、保護者との情報連絡を密にする民間サービスe-Koolの活用などが行われている。

日本における課題

日本では2001年の自民党政権時代に開始したe-JAPAN戦略以来、毎年1兆円程度の莫大な税金が行政サービスの開発の向上に注ぎ込まれてきたにもかかわらず、国民はその恩恵を実感していない。

その原因として、政府の対応についていくつかの問題点があげられる。

1つ目は、行政サービスの効率化に多くの政治家が強い関心を示さないことである。
その原因としては、膨大な借金に慣れたことによる行政コストに対する危機感の欠如や、この課題が政治家自身の得票数の増加に結びつかないことが挙げられる。

2つ目は、ICT技術の進歩が著しく、政治家がその最先端の状況を理解することが難しくなっていることである。
また、役人ついても、日本の省庁では数年ごとに人事異動があるため、日進月歩の世界であるICT技術についていくことが困難であることも一因となっている。

エストニアの事例について、日本が参考にすべき点は以下の5つ

  1. 明確なICT推進の基本方針の策定
  2. 国民の理解の獲得
  3. 共通基盤の構築
  4. 明確な技術支援体制
  5. 普及戦略

共通基盤のひとつとしてマイナンバー制度が開始されて久しいが、将来的に本格的なデジタル社会を構築するために、上記事項を参考にし、長期的なビジョンを描いてじっくり確実に進めていくといった姿勢が重要となる。

まとめ

エストニアのICT政策や日本における課題についてわかりやすく記載してある一冊だった。
本記事では割愛しているが、エストニア人の生活について具体的に書いてあったりするので、興味がある方にはおすすめしたい。

 

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