2019年1月に初版が発行された本。
著者の福田康隆氏は、セールスフォース・ドットコムの専務執行役員兼シニアバイスプレジデント、マルケトの代表取締役社長、ジャパン・クラウド・コンサルティングの代表取締役社長などを歴任してきたビジネスマン。
本書は、上記のような経歴を持つ筆者が、SaaS(Software as a Service)時代の成長戦略と、科学的なマーケティングと営業のプロセスについて記した本である。
ページ数はあとがき等まで含めると300ページ弱。知識がぎっしりと詰め込まれた、読み応えのある1冊である。
本記事では、特に重要な部分を抽出して解説する。
従来の営業はもはや通用しない
従来の日本のビジネスでは、営業が商談探し、提案書の作成、クレーム対応などをすべて行うのが普通だった。そして、時が経つに連れ、プロセスの整理と分業の重要性が認識されるようになり、「マーケティングが獲得した新規リードをインサイドセールスが素早くフォローして、商談として進められるものを選別し、営業に引き渡す」という分業オペレーションのスタイルが確立されるようになっている。
しかしながら、もはや分業オペレーションも、ただそれだけやっていればビジネスが上手く回るという時代ではなくなっている。顧客の情報環境は大きく変化したし、企業側も事業の成長ステージに応じた戦略を練る必要があるからだ。
さらに、効率化と生産性向上のため、業務を完全に分業して、各々が目標数値を追い求めるスキームには、見込み客の質の低下(数ばかり増やすが、確度は低い)というデメリットもはらんでいる。
対策として、今後は「分業」ではなく「共業」を目指すことを提案する。従来は、マーケティング→インサイドセールス→営業→カスタマーサクセスという一方通行だった流れに対し、新しいモデルでは、逆の流れを作る。具体的には、各部門が業務を行う中で得た情報を、前の行程へとフィードバックするのである。
各業務の役割と評価について
ここでは、新たな共業プロセスにおける各業務の役割と評価指標について見ていく。
マーケティング
上図は、マーケティングのステージ設計と評価指標の一例を示したものだが、ここで重要なのが、見る人によって解釈が分かれないような指標を設定することである。
ステージを設計した後は、リード育成(見込み客を次のステージへと進めること)のために、どのようなチャネルが有効なのかを考え、実行に移す。また、リード育成の際、商談にならなかったリードや、失注してしまったリードが日々蓄積されるが、これをきちんと管理し、再度リード育成のプロセスに戻す(リードをリサイクルする)ことが大切。
マーケティングの評価では、ステージ、チャネル、施策の概念を整理し、経営層、各部門長クラス、担当者のそれぞれが、どの指標を見るべきかを整理することが重要となる。
インサイドセールス
営業と異なり、受注金額をコントロールできないインサイドセールスは、必然的に受注数を重視することになる。とはいえ、深夜や早朝にリードに連絡するわけにはいかないので、限られた時間の中でどれだけの成果を上げられるか、つまり業務効率をどれだけ上げられるかがポイントとなる。したがって、以下のようなことを意識しておきたい。
- 前日の業務終了時には、翌日のコール対象リストが条件別に整備されて明確になっている
- コール前に対象リードの情報が頭に入っている
- 会話の最大時間を決め、商談に結びつかない会話をダラダラと続けない
さらに一歩踏み込むならば、営業が置かれている状況(営業の処理能力)を判断し、供給する商談の数をコントロールできるインサイドセールスが理想。
技術的な観点で言えば、MA(マーケティングオートメーション)の登場により、スコア付けによるリードの選別はしやすくなった。リードスコアリングは大まかには、企業規模・業種・役職などの「属性スコア」と、サイトアクセス・コンテンツダウンロードなどの「行動スコア」に分けられる。ここで、重要なのが、属性スコアの精度を高めることである。また、スコアは高ければ高いほどよいという絶対指標ではなく、フォローすべき対象を選別するための閾値の設定が鍵となる。
インサイドセールスのマネジメントでは、単に評価ルールを決めるだけではなく、細かい点に気を配り、実態との乖離がないかを常にチェックする必要がある。例えば、手元に案件を置いておくために、期限ギリギリにマスメールを送るなどのアクションを起こすといった行動に気をつけなければならない。同時に、会社としての優先順位を明確に伝え、数字だけでは評価しないということを担当に理解させる必要がある。
具体的な評価指標は多岐に渡るが、営業、インサイドセールス共に、実際のヘッドカウントと、入社時期を考慮したキャパシティとしての数字は分けて考えるべき。また、営業にパスしたリードのうち、何%程度が商談化されているのかも観測しておくことも必要(70~80%が理想値)。
評価指標は一意に定まった数値だが、それを設定する段階で主観がかなり入り込むということも忘れてはならない。とはいえ、人よってばらつきはあるものの、同じ人間が入力した数値には、規則性があるため、一定期間のトレンドを追いかけることによって改善点を見つけることはできる。
フィールドセールス
営業(フィールドセールス)の業務は、ひと言でまとめてしまえば「商談」だが、このステージは細分化することができる。中でも最も重要なフェーズは、顧客の「ビジネス課題(ビジネスイシュー)」「問題点(プロブレム)」「解決策(ソリューション)」「効果(ベネフィット)」の4つを整理する段階、確度で言うと25%程度の段階である。最終的に経営陣の決定をスムーズにもらうため、この段階をきっちり詰めておくことは必須と言える。顧客と会話をする際にはキーワードが先の「4つ」のどれに当てはまるのかを意識して話す。
また、できる限り早い段階で経営層に会うことが大切。それによって、早期にビジネスイシューのイメージを共有でき、いざ決裁するという段階で白紙に戻るようなリスクも少なくなる。
営業先の担当に対しては、双方で契約までに必要なタスクをリストアップし、提示するのが有効。担当自身が決裁の全プロセスを把握している可能性は低いので、営業の方から今後想定されるタスクや要する期間について、積極的なヒアリングと提案を行う。
顧客が稟議決裁の準備段階に入っても、安心するのはまだ早い。この段階においても複数のリスクが存在する。
- 最終承認者は誰か
- 発注書へサインする人は誰か
- 稟議決裁は電子、紙、口頭承認のどれか
- 取締役会や経営会議での決議が必要か
- 起案者が過去に同じような金額の決裁を通したことがあるか
できる営業は、上記のようなことを予め確認し、起こりうるトラブルとその対策を頭に思い描いて動いている。
なお、個別の商談の受注率を上げるには、次の8点を把握、認識しておくことが重要。
- ネクストステップは何か。次のアポはいつか。確定していない場合は何待ちか。
- この会社は何をしている会社か。この会社のお客様は誰で、競合はどこか。
- 意思決定のキーパーソンは誰で、その根拠は。
- 役職に関係なく、「絶対に進めたい」と思っている人はいるか。
- 顧客が今期に発注する理由は何か。
- 予算を持っている人は誰か。
- 意思決定に関わる顧客の企業文化はどうなのか。
- 顧客が「何もしなかったら(現状維持)どうなるか」ということを想定しているか。
営業のマネジメント担当には、現場で何が起こっているのかを自ら理解するというマインドが求められる。ただし、毎週の営業会議で逐一報告を求めるような行動は非生産的。SFA(営業支援システム)などを活用し、受注予定日、金額、フェーズ、競合、商談日数・フェーズ滞留日数、ネクストステップといった項目に着目して追っていくことが有効。その際、営業一人ひとりの性格やクセを理解しておくことで、実際に入力された数値以上の内容が見えてくる。
カスタマーサクセス
カスタマーサクセスの業務は、顧客が今どのステージにいるかを計測、判定し、どのようなステージ変遷を経て導いていくかを考えることである。
ステージ判定においては、次の4つのカテゴリをチェックし、サービスの活用熟成度を測る(ヘルスチェック)。
カテゴリ | 具体例 |
ビジネスポテンシャル | 契約金額、年商、従業員数、成長企業か、増益企業か、活用拡大余地 |
製品活用度 | 活用スコア、更新リスク、サポートケース件数、サポート窓口登録数、運用担当者数、内部ゴール達成度 |
プログラム活用度 | 契約直後プログラム紹介、導入支援コンサル、追加コンサル、活用支援セミナー、製品基礎トレーニング、機能活用トレーニング、資格取得者、オフィスアワー、熟成度アセスメント、活用クリニック、ユーザー会参加(直近1年)、コミュニティサイト登録、分科会所属 |
顧客とのリレーション構築 | Topリレーション、担当者リレーション、Webへ企業ロゴ掲載、事例登録、名刺獲得数、名刺提供数 |
カスタマーサクセスの歴史は浅いため、企業側も人材選定に迷う部分がある。基本的には、「活用支援」と「契約更新」は求められる人材やスキルが異なるため、それぞれに適したプロファイルの人をアサインするべき。また、社内のほぼすべての部門とコミュニケーションを取らなければならないので、ハブになれるような人が適している。
カスタマーサクセスの評価指標としては、一般的には次のようなものがある。
- 総契約更新金額
- 実際に更新契約した金額
- 総契約更新件数
- 実際に契約更新した件数
- チャーン(解約率)
- 活用スコアなどの定着を測る指標
- ヘルスチェックのスコア
- アップセル/クロスセル
- NPS(ネットプロモータースコア)
ただし、顧客側の都合による解約など、担当にはどうしようもできない要素も多々あるので、不公平感を避けるために、単なる目標達成度以外の評価指標を持っておくことが望ましい。
マネジメント
多様な価値観を持つ人々がいる集団において、全員の力を結集するために必要なのが「ビジョン」「ミッション」「バリュー」の3つ。
「ビジョン」は売上や顧客数などの定量的な目標のほかに定性的な目標も含まれる。「ミッション」はなぜ「ビジョン」を目指すのかという意義。「バリュー」は「ビジョン」を達成するための方法や過程を選ぶための価値基準。
大切なのは、ビジョン・ミッション・バリューをただ定めるだけではなく、市場へのメッセージ、信念、行動に一貫性があること。それによって顧客、社員、パートナーとの結びつきが強くなり、強固なブランドが築かれる。
まとめ
SaaS時代の成長戦略と、オペレーションの全体像について、詳細に解説された1冊だった。
本記事では一般に広く通ずる部分のみをまとめているが、書籍内では、マルケトの戦略や、筆者の実体験についても詳しく書かれているので、そのあたりが気になる方には手にとってみることをおすすめしたい。
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