2017年3月に初版が発行された本。
著者の西野精治氏は、スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所所長も務める医師、医学博士。
本書は、筆者が30年以上のキャリアで学び、突き止めた、良質な睡眠を得るためのエッセンスを凝縮したものである。
ページ数は参考文献等まで含めて250ページあまり。
専門用語はエビデンス部分を中心にある程度登場するが、根幹となる部分は一般人がわかるように平易な言葉で書かれている。
睡眠の質を高める重要性について
睡眠は我々の健康維持に重要な役割を担っている。
具体的には、脳と体の休息、記憶の定着、ホルモンバランスの調整、免疫力の上昇、脳の老廃物の排除といった役割がある。
睡眠が不足すると、これらの機能が欠如し、様々なトラブルが発生する。
このトラブルは一朝一夕に解決するものではなく、深刻なマイナス要因は積み上がっていく。
研究者は、この積み上がりを深刻視し、「睡眠不足」ではなく「睡眠負債」という言葉で表現する。
睡眠負債の対策として、巷では「短時間睡眠法」が蔓延ったり、土日の寝だめが習慣化されたりしている。
しかしながら、前者は科学的根拠に乏しい上にデメリットが大きい。
そもそも、短時間睡眠は遺伝であり、後天的にどうにかなるものではない。
また、睡眠負債は返すのが難しいため、後者のような短期間の対策では対処できない。
つまり、睡眠の問題を「時間」でコントロールするのは困難ということになる。
したがって、いかに睡眠の質を高めるかが重要となってくる。
最初の90分のノンレム睡眠を深くする
眠りにはレム睡眠(脳は起きていて体が眠っている睡眠)とノンレム睡眠(脳も体も眠っている睡眠)の2種類があり、それを繰り返しながら我々は眠っている。
寝ついた後、すぐに訪れるのはノンレム睡眠で、その後はレム睡眠、ノンレム睡眠・・・と繰り返していく。
ノンレム睡眠とレム睡眠のセットを1周期とすると、1周期は90~120分(個人差あり)なので、6~7時間眠る場合には、サイクルを第4周期まで繰り返すことになるが、ここで重要なのは「すべての周期の質は第1周期の質で決まる」という点である。
最初の90分の睡眠の質が低下すれば、その後のすべての睡眠の質が低下するため、何時間寝たところで良質な睡眠は得ることができない。
逆に最初の90分を良質な睡眠にすれば、自律神経が整い、グロースホルモンが分泌され、脳のコンディションが良くなるなど、様々な恩恵が得られる。
無論、「時間より質」とはいえ、最低限6時間以上眠るのがベストではある(ショートスリーパーの人は除く)が、それが実践できない人でも、最初の90分の睡眠の質だけは絶対に下げてはならない。
スムーズな入眠のコツ
最初の90分の睡眠が肝心とは言っても、そもそも多くの人が寝つきの悪さに悩んでいる。
就寝時間と起床時間(特に起床時間)を固定するというのは、認知行動療法の観点からしても、寝つきを良くして深く眠るのに有効なアプローチだが、忙しい現代人にはなかなか難しい。
そこで、多忙な人にも効果的な2つの入眠スイッチが紹介されている。
それが「体温」と「脳」(以下、「体温スイッチ」「脳スイッチ」と呼ぶ)。
体温スイッチ
体の深部体温は日中高くて夜間が低いが、手足の温度(皮膚温度)は日中低くて夜間高い。
つまり、昼間に比べて夜間は深部体温と皮膚温度の差が縮まっているのだが、実は差が縮まっていることこそがスムーズな入眠に際してはカギとなっている。
入眠時にはまず手足から熱放散が起こり、続いて深部体温の変化が起こっているのだが、この変化を助けてやることで入眠しやすくなる。
体温スイッチを入れるおすすめの方法は3つ。
- 就寝90分前の入浴
深部体温は上がった分だけ大きく下がろうとするので、入浴で深部体温を意図的に上げれば入眠時に必要な「深部体温の下降」がより大きくなり、熟眠につながる。40℃のお風呂に15分使って上がった0.5℃の深部体温が元に戻るまでの時間が90分で、そこからさらに下がっていくため、すぐに寝る場合にはぬるい入浴かシャワーで済ませたほうがいい。 - 足湯
熱放散の主役は表面積が大きくて毛細血管が発達している手足なので、足の血行を良くして熱放散を促せば、入浴と同等の効果がある。靴下も有用だが、温めたあとは脱いで熱放散をして深部体温を下げるようにする。 - 室温
室温の影響は実は寝具や寝間着よりも大きい場合がある。個人差が激しいので基準はないが、快適な温度にするように心がけるべき。
脳スイッチ
脳が興奮していると体温が下がりにくいため、睡眠の妨げとなってしまう。
眠りにつく前には脳を刺激するようなことを避け、「いつもどおり」を保つことが重要となる。
- モノトナス
モノトナス(単調な状態)だと眠くなるのは経験則からも納得できるところだが、これを意図的に作り出す。寝る前の娯楽は、頭を使わずにリラックスして楽しめるものにし、様々なことができてしまう(=交感神経活動を上げる)スマホは極力排除する。 - 羊の数え方
羊を数えて眠るルーティンは英語が起源で、数え方は「sheep,sheep,sheep…」。理由は諸説あるが、sleepと発音が似ているからだとか、言いやすくて息をひそめるような響きだからだとか言われている。いずれにせよ「ヒツジガイッピキ」という数え方は意味がない。
睡眠の質を高める習慣
「睡眠の質」と言うと睡眠そのものを意識しがちだが、実は睡眠の質は朝起きてから眠るまでの行動習慣に左右される。
昼間のしっかりとした覚醒が、夜間のしっかりとした睡眠を生むのである。
覚醒のカギを握るのが「光」と「体温」。
光
1日が24時間なのに対し、人間のリズムはおよそ24.2時間。
にもかかわらず我々が24時間のリズムに同調できるのは、光があるため。
光によって、体温や自律神経、脳やホルモンの働きが整っている。
朝起きたら、まず窓を開けて太陽の光を浴びる習慣をつけるといい。
時間は数分程度でいいし、雨や曇りでも体内リズムや覚醒に影響を与える量の光は届くので問題ない。
体温
これまでに触れたとおり、体温は睡眠中は下がり、覚醒時は上がる。
このリズムを外的要因で崩さないようにすることが大切。
1日の行動例
これまでに述べたことや、ホルモンや神経伝達物質の観点から、いい覚醒を作るための模範的な行動習慣を以下に示す。
なお、時間軸に沿った順番となっている。
アラームは2回セット
レム睡眠のタイミングですっきり起きることを目的とした行動。
朝はノンレム睡眠とレム睡眠の切り替えが20分前後で行われていることを利用し、絶対に起きなくてはならない時刻と、その20分前にアラームをセットする。
その際、1回目はごく微音で短くセットすること。
これを行うと、1回目のアラーム時にレム睡眠であればそのまま起きられるし、ノンレム睡眠であれば微音では起きないため、20分後にレム睡眠に切り替わっている際に2回目のアラームで起きられる。
起きたらすぐ行動して太陽光を浴びる
起きてすぐ行動すれば体温がしっかり上がる。
この際に朝の光をしっかり浴びるようにする。
朝はスリッパではなく裸足
これには2つの効果がある。
- 床に直接触れることで皮膚感覚を刺激すると、「上行性網様体」という、覚醒を司る脳内の領域を刺激できる。
- 裸足で皮膚温度を下げることで、上がりつつある深部体温との差を大きくし、覚醒する。
冷水で顔や手を洗う
これも皮膚温度を下げることが目的。
ちなみに、先述のとおり、深部体温は上げすぎると、逆に下げるように体が働いてしまうので、朝は風呂ではなくシャワーがおすすめ。
朝食をよく噛んで食べる
朝食には、「体内時計のリセット効果」と「肥満防止効果」がある。
よく噛んで食べることは覚醒と睡眠のメリハリをつけるのにも役立つ。
汁物は体温を上げるので、メニューに加えるといい。
汗だくになるのは避ける
睡眠の観点から言えば、汗だくになるほどの運動は避けるべき。
体温が上がりすぎると、発汗による熱放散が起き、元の体温より下がってしまう。
ジョギングをするなら朝だが、そもそも激しいジョギングよりも早足のウォーキング程度がおすすめ。
コーヒーは適量を
コーヒーは1日5杯程度なら許容範囲だし、適量であれば体に良い。
もちろん覚醒を助けてくれる効果もある。
ただし、血中のカフェイン濃度は半分になるまで約4時間かかる(高齢者はさらにかかる)ので、夕方以降に飲むならノンカフェインのものがおすすめ。
また、会話刺激が加わるとより覚醒のスイッチが入るため、どうせ飲むならテイクアウトにして、誰かと雑談しながら飲むのがいい。
大事なことは早めに済ませる
眠りに向けて、脳を少しずつリラックスさせるため、大事なこと(脳を使うこと)は午前中に済ませ、午後は徐々に単純・簡単な作業にシフトしていく。
夕食は取る
交感神経の活発化や体温上昇も引き起こす「オレキシン」は、食事をすることで分泌が低下する。
ただし、どんなに遅くても夕食は眠る1時間前(揚げ物など消化に時間がかかるものはもっと前)までを目安にする。
また、冷やしトマトなど、深部体温を下げる働きを持つ食品を夕食に取り入れるのも良い。
酒を飲む
鎮静型の睡眠薬の多くは、「ギャバ(GABA)」という脳内物質の働きを強める作用があるが、お酒もそれと似た働きを示す。
ただし、ビールなど、水分が多いものを大量に摂取するのは、夜間頻尿や脱水症状を招き、睡眠の質が下がるため、おすすめしない。
アルコール換算で日本酒1~1.5合を上限に、分量が多くないものを寝る100分前に飲むのが良い。
強いお酒を単独で一口飲むくらいなら、寝る直前でも良いだろう。
まとめ
睡眠に関する知識や、良質な睡眠を確保するために心がけるべき行動について、具体的に示された一冊だった。
エビデンスとなるような実験や文献についても本書内で触れられているため、気になる方は手にとってみることをおすすめしたい。
コメント