2018年5月に初版が発行された本。
著者の山田知生氏は、スタンフォード大学スポーツ医局アソシエイトディレクター、同大学アスレティックトレーナーで、著書は本書が初となる。
本書は、スタンフォード大学のスポーツ医局が実践している手法を元に、「疲労予防」と「疲労回復」のメソッドをまとめたものである。
ページ数はあとがきや参考資料まで含めて250ページあまり。
専門用語や複雑な筋肉の名称などは極力使わないように書かれているため、予備知識がなくても理解できる本となっている。
疲れについて
疲れのメカニズム
疲労(疲れ)とは、筋肉と神経の使いすぎや不具合によって体の機能に障害が発生している状態のことを指す。
一般的には、疲労は筋肉の使いすぎによってもたらされるというイメージが強いが、それだけではなく、神経のコンディションの悪さによっても疲れは引き起こされるというのが最新のスポーツ医学の見解であり、本書ではそちらの方にスポットを当てている。
神経は自律神経と中枢神経の2つに分けられ、前者は脈拍や呼吸、消化といった「意識しないで行われていること」の統制の役割、後者は手足を動かしたりする際の司令の役割を持っている。
どちらの神経にしても、司令塔は脳であるため、「疲労の原因は脳にある」と言える。
脳による疲労の要因の中で、特に注意すべきは「体の歪み」。
体が歪んでいると、中枢神経からの司令が体にうまく伝わらず、必要以上に負担がかかり、それが疲労として認識されている。
疲れをチェックする
客観的に疲れているか判断するチェック項目は以下の4つ。
それに当てはまるかどうかで自分が疲れているか判断することができる。
- 脈がいつもより速い/遅い
- 睡眠時間が乱れている
- 腰が痛い
- 胸だけで浅い呼吸をしている
特に呼吸は極めて重要で、本書で重点的に説明している。
胸骨の一番下と左右の肋骨の一番出ているところを結んだ角度が90度を超えている人や、肋骨の下部が飛び出ているような人は胸呼吸をしていて疲れやすいので改善を図りたい。
IAP呼吸法
定義と利点
「IAP」とは「Inra Abdominal Pressure」の略で、日本語では「腹腔内圧(腹圧)」。
ここでは、「腹圧を高める呼吸=腹圧呼吸」、「腹圧呼吸をマスターするためのトレーニング=IAP呼吸法」と定義する。
IAP呼吸法の特徴は、息を吸うときも吐くときも、お腹の中の圧力を高めてお腹周りを固くしている点で、息を吐くときにお腹を凹ませている(腹圧が下がっている)腹式呼吸とは全く別物である。
IAP呼吸法を使うと、腹腔の圧力が高まることで体幹と脊柱が支えられて安定し、無理(歪み)のない姿勢が保てるので、中枢神経の司令の通りがよくなって体の各部と脳神経がうまく連携し、余分な負担が減る。
方法
慣れてきたら立った状態でもできるが、最初のうちは座って練習するのがおすすめ。
- 耳と肩のラインをまっすぐにしてゆったり座り、体は垂直、膝は90度の角度にする。
- 手の平を上向き(指先は自分の方向)にして、指先を鼠径部(足の付け根)に軽く差し込む。
- 肩を上げないように注意しながら、5秒かけて鼻から息を吸い、指を押し返すようにお腹を膨らませる。
- 指を押し返す感覚をできるだけ保ったまま、肩を上げずに、5~7秒かけてゆっくりと口から息を吐く。
- 3と4を合計5回繰り返す。
ゆっくりとした呼吸による横隔膜の動きが副交感神経を優位にしてくれるため、眠る前に2分間かけてIAP呼吸法をすることを習慣にするといい。
疲れからのリカバリー法
動的回復法
疲れにくい体を作ることが一番とはいえ、現に疲れている人はたくさんいるので、対症療法的な疲労回復法についても考えなければならない。
そもそも、人間の体は完全な左右対称ではないので、「NO残業・毎日7時間睡眠」という人でも、長年放っておけばボディ・バランスは崩れ、疲れた体に近づいてしまう。
大本にある原因は「中枢神経と体のズレ」なので、今ある疲れを解消する場合は、このズレを整えて体の変な癖をリセットするような働きかけをすればいい。
そこで、「動的回復法」というメソッドを導入する。
動的回復法は、「体の変な癖」を解消するべく中枢神経に働きかけつつ、疲労回復によいとされる「軽度の有酸素運動」を行うことで、「体の疲れ」も「変な体の癖」も一緒に解消するアプローチ。
手順
動的回復法の手順は次のとおり
- ビフォーリセットで、体の癖をリセットする。
- ごく軽い有酸素運動(走る、泳ぐなど)を20分行う。
- 運動後1時間以内にアフターリセットをして、収縮した筋肉を元に戻す。
どうしても時間がない場合には2をカットして1と3のみ行ってもOK
ビフォーリセット
- 前に向かうスキップと、その場スキップを10回ずつ、合計20回行う。
- 前方に10メートルくらいの1本のラインがあるのをイメージし、両足を揃えてそのラインを「左、右、左、右」と交互に飛び越えながら10回程度ジャンプして前進する。
- ゆっくりと、左右のかかとが交互に10回ずつお尻につくように走る。
疲労回復目的に限らず、スポーツの準備運動としてもおすすめ。
アフターリセット
- 仰向けに寝た状態で壁の角にお尻を左半分だけつけ(左足は壁に立てかける)、左足のハムストリングスが伸びていることを意識しながら、右足を壁に沿うように5秒ずつかけて上げ下げする。これを左右5セットずつ行う。
- 右ひざを床につけた片ひざ立ち(ひざの角度は90度)になり、右腕を左斜め上方、できるだけ遠くに伸ばすと同時に、左手を左ひざの外側にあて、左ひざを開こうとするのを左手で押し返す。10秒行ったら、左右を入れ替えてまた10秒行う。
無理に筋肉を伸ばさないよう、クールダウンも兼ねて取り組む。
部位別の疲れの対症療法
座り疲れ
- 椅子に座ったまま足を少し開き、ひざの間に両手の握りこぶしを横並びに入れ、ひざでこぶしを潰すように15秒プレスする。
- 椅子に座ったまま両ひざを開き、ひざの外側に手を置く。ひざは開くように、手はそれを押し返すように力を入れるのを15秒キープする。
- 両足のつま先を床につけたまま、かかとを15秒、ゆっくり上げ下げした後、今度はかかとを床につけたまま、つま先を15秒、ゆっくり上げ下げする。
肩こり
肘を曲げ、左右の手をそれぞれ左右の方に置く。
胸を開いて、肩甲骨を寄せるようなイメージで、前から後ろへ、両腕を10~12回ほど回す。
腰痛
IAP呼吸法が有効。
通常より長めに10秒かけて息を吸い、全身をリラックスさせて10秒かけて息を吐くのを数回繰り返す。
眼精疲労
目の周りの筋肉が疲れている場合には、目を軽く閉じて、力を入れずに、「上まぶたと眉毛の境目あたり」を親指以外の手指で、「下まぶた付近」を親指で30秒ほど弾き続ける。
片目ずつでも、左右同時でもOK
ケガからの回復法
アイス・ヒートメソッド
「打撲」や「急に腰が動かなくなった」といった急性のトラブルに対しては、「アイス・ヒートメソッド」が有効。
まずは患部をアイシングで冷やし、炎症を抑えて内出血を食い止める。
コールドスプレーや冷湿布などを用いればいい。
24時間経過したら(「寝て起きたら」ではなく24時間)、痛みのピークは超えてくるはずなので、今度は温湿布や入浴、サポーターなどで温めて、血流を促進する。
ひどいケガでない限りは、ある程度動かしたほうが回復は早くなる。
なお、アイス・ヒートメソッドは、ケガだけでなく、疲れの解消にも効果がある。
この場合には厳密に24時間アイシングする必要はない。
「1日中歩き回って疲れた」という日には、帰宅後、15分ほど足をアイシングし、その後、いつもの温かさに戻ったら、40℃前後で約10分入浴する。
氷囊がない人は、グリンピースやチャーハンなどの冷凍食品をラップで足に固定することで代用可能。
交互浴
アイス・ヒートメソッド関連で、冷水と温水に交互に浸かる「交互浴」も最近話題になっている。
方法は2,3分クールバスに入った後、ホット1分、クール1分の交互浴を4,5セット繰り返し、最後にクールバスに2,3分入って終了するというもの。
血管の収縮と拡張が繰り返されることで血流がよくなることと、自律神経のバランスが整うことがメリット。
一般家庭で行う際には、10~15℃の冷水シャワー1分→(37~38℃の半身浴30秒+冷水シャワー30秒)を10回→冷水シャワー1分 で代用する。
脱水症状を防ぐため、交互浴の前後にコップ1杯ずつの水を飲みことと、最大でも12分を超えないようにすることに注意する。
睡眠
睡眠は大切な自己管理の一環であり、回復率を高めるためには欠かせない生活習慣である。
ポイントは次の4つ
- 就寝時間、起床時間、睡眠時間は極力変えずに固定する
- 週末の寝溜めのように体内時計を狂わせることはしない
- 就寝90分前までに入浴を済ませる
- 就寝前にIAP呼吸法を行う
就寝時間については、夜ふかしはもちろんダメだが、いつもの就寝時間の2時間前はもっとも眠りづらいとも言われており、翌朝が早いからといって極端な早寝もしないほうがいい。
食事術
食事術については、挙げればきりがないが、完璧にやろうとするとストレスが溜まってむしろ疲れるので、ときどき思い出す程度に気楽にやればいい。
朝食
- 「抜かない」ことが肝心
- 時間は固定する
- 「甘い朝食」は避ける
- 発酵食品はおすすめ
昼食
- 多めのサラダ(ビタミン)、タンパク質を摂取する
夕食
- タンパク質をしっかり取る
- お酒を飲むなら同量の水を飲む
その他
- どの食事も腹八分目までにする
- 飲料糖分(特に清涼炭酸飲料)は控える
- お腹が空いた際には間食としてフルーツやナッツを取る
- ビタミンとタンパク質を意識して取る
- 炭水化物はライ麦パンや玄米などの「茶色いもの」の方が栄養素が多い
- タンパク質:炭水化物=3:1を目指す
日常動作による疲れを最小化する
水を飲む
超基本的だが、極めて重要なのが水分補給。
コップ1杯の水を、1日6~8杯、量にして1.5リットル程度の水を毎日飲むように心がける。
基本姿勢
姿勢が悪いだけでも体が歪んで疲れやすくなる。
体を横から見て、鼻の先端と肩甲骨が一番膨らんだところを結ぶ直線と、首と肩の付け根と乳首の上あたりを結ぶ直線が綺麗な「X」で交わっている姿勢が「疲れにくい姿勢」
簡単には、耳と肩のラインがまっすぐになっていて、地面と垂直な状態であればいい。
立ち方
我々の体は、意識しないと右側ばかりに重心をかけてしまう。
立っているときは、腰の骨の一番出た部分を中心に左右に小さく(本当に小さくでいい)揺れて、片側にばかり体重が乗ってしまうのを防止する。
座り方
基本姿勢と同様、耳と肩のラインがまっすぐになっていることを意識し、さらに肩甲骨を寄せて、顎をまっすぐ引く。
30分に1回は立ち上がることが望ましいが、それが不可能な場合は、先述の「座り疲れ」で紹介した方法を実践する。
歩き方
歩幅は自分の足の2倍くらいをキープし、かかと→足の外側→つま先(親指より)の順で地面を踏む。
基本姿勢も意識する。
つり革の持ち方
理想はつり革を2つ確保し、両手で一つずつ持つこと。
それができない場合は、一つのつり革が体の真ん中にくるように立ち、そのつり革を両手で持って、下に引っ張るようにして体を固定する。
両手で持てない場合には、一駅ごとに持つ手を入れ替える。
そもそもつり革が持てない場合には、腹圧呼吸で体を安定させる。
物の持ち上げ方
しっかり腰をまっすぐ落として、持ち上げる際にはIAP呼吸法をして腹圧を高め、ひざを伸ばして腰をまっすぐ上げながら真上に持ち上げる。
腰は絶対に曲げてはならない。
まとめ
疲れにくい体を作る方法、疲れてしまった体を回復させる方法について、具体的に書かれたわかりやすい一冊だった。
本記事では割愛したが、マインドセットや、スタンフォードで実践していること、それらのエビデンスなどについても詳しく記載されているので、気になる方は手にとってみることをおすすめする。
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