2020年3月に初版が発行された本。
著者の橋下徹氏は弁護士・タレント・元政治家など、数々の顔を持ち、テレビ番組への出演や大阪府知事、大阪市長を務めた経歴から、一般にも広く知られている。
本書は、著者が弁護士時代、大阪府知事・大阪市長・「維新の会」代表時代に身につけてきた交渉力の要諦をまとめたものである。
ページ数は、全体で約230ページほどあるが、ほとんどが著者の主張を裏付けるための具体例で占められている。
そのため、要点がわかりやすく、読みやすい本となっている。
交渉とは
交渉とは、端的に言えば「話をまとめること」であり、交渉力とは「達成したい目標があるとき、相手を説得し、対立する意見をまとめていく力」である。
人によって交渉の相手は様々だが、どんな職種・役職であれ、何かを成し遂げるためには交渉力が必須となる。
交渉の種類
交渉は、大きく分けると2パターンある。
- 敵対的交渉
相手からの不当な要求を拒んだり、こちらの要求を飲ませたりするような交渉である。弁護士の交渉に多い。 - 協調的交渉
いわゆるWin-Winの交渉である。会社員の交渉に多い。
ビジネスの世界では、後者が主役だが、ときには前者が必要になることもあり、両方を知っておくと真に交渉に強い人間になれる。
交渉において大切なこと
交渉において一番大切なのは、自分の要望を整理しておくこと。
交渉によって相手と折り合いをつけるというのは、自分の要望をひとつ叶えるために、相手の要望をひとつ飲む(=自分は譲歩する)ということである。
それを行うためには、自分の要望を整理し、各要望の優先順位付けができていなければならない。
したがって、「いかに念入りな事前準備をしたか」が交渉結果を左右する。
交渉の手法
実践的な交渉で有用な、汎用性・普遍性がある手法は3つある。
利益を与える/譲歩する
先述のとおり、交渉を進めるには、互いに相手が欲しがるものを与えなくてはならない。
とはいえ、闇雲に相手に利益を与え続けていたのでは、自分のマイナスばかりがどんどん増えてしまう。
大切なのは、「自分にとっては大したマイナスではないが、相手にとってはかなりのプラスになるもの」を見つけること。
そのために事前準備に時間を費やし、自分の要望の整理と優先順位付けを行っておく。
実際の交渉では、優先順位の高い1~3個の要望を通すことに力を入れる。
あれもこれもというのは基本的には無理な話で、交渉決裂の危険性が高まる。
なので、要望の数は最小限に抑え、優先順位の低い要望は譲歩のカードとして切っていく。
合法的な脅し
これは敵対的交渉の際に役に立つ手法で、協調的交渉のときに使うと逆効果なので注意。
敵対的交渉の場合には、自分の力を見せつけて、相手を脅すことが必要になることがある。
ただし、当然のことながら、脅しは合法的なものでなくてはならない。
例えば弁護士が「訴訟をする」と言ったり、政治の世界で「選挙で対立候補を立てる」と言ったりするのが合法的な脅しに該当する(無論、それでも合法となるには限度はある)
合法的な脅しでは、交渉の前段階で圧をかけて、相手に「交渉を決裂させたら大変なことになる」と思わせることが必要。
もちろんそのためには自分に力がなくてはならないし、どの程度の力を持っているのかを的確に把握しておかなければならない。
その上で、相手に対して強烈なメッセージを発すること、反撃されても命まで取られることはないだろうと考えるくらいの覚悟を持ち合わせておくことが大切。
お願いする
実際のところ、交渉でも何でもないのだが、相手に利益を与えても、合法的な脅しを使っても交渉がうまくいかなかった場合には、最後の手段としてお願いをするしかない。
ただし、相手にまったく譲歩する気がないのであれば、そのお願いも無駄というもの。
その際は人間関係を壊さないことにだけ注意を払い、交渉を切り上げるのが良いだろう。
その他のテクニック
仮想の利益
譲歩の場面で極意とも言えるのが、筆者が「仮想の利益」と読んでいるノウハウ。
相手にとって利益のように見える環境をわざと作り出すテクニックで、自分の側には実質的に何のマイナスもないにも関わらず、譲歩しているかのように見えるため、要求を通しやすくなる。
手法としては、ふっかけをしたり、本心では譲歩できることでもいったんは譲歩できないふりをしたり、相手が困る状況を設定した後にそれを解除したりする。
例えば、ビジネスの世界において、初めにあえて厳しい期限を提示し、交渉過程で期限を延期したり、国家間の交渉において、「高額な関税をかける」と脅してから、それを撤回したり、先延ばしにしたりするのが「仮想の利益」に該当する。
相手の優先順位をつかむ
自分の要望の整理と優先順位付けを行うことの重要性は先述のとおりだが、相手の要望の整理も交渉においては重要である。
相手が社内の人間で、非常に協力的である場合などは、直接相手に聞いてしまうのが一番の近道だが、多くの交渉はそうでない場合が多く、手の内を見せてくれない。
その場合には、相手との会話の中で要望を探り、優先順位を把握することを目指す。
簡単に行えることではないが、それぞれの業界・組織特有の価値観(何を重視しているのか)を把握したり、「そちらが○○の点で妥協の余地があるのであれば、こちらもそれに応じた対応をする用意があります」といったような問いかけを重ねて反応をうかがったりする方法は有効。
上手く相手の要望をつかめたら、しっかりとメモをとって、譲れるもの/譲れないものをリスト化する。
先行して譲歩する
互いの要望と譲歩を把握したら、譲歩のカードを切り合う段階へと移行する。
この際は自分から先行して譲歩することで交渉をリードする。
自分から譲歩すると一見弱腰のように見えるが、要望をきちんと整理できているのなら、絶対に譲れないところさえ確保できれば交渉は成功するのだから、先行して譲歩することにためらいを感じる必要はない。
要素に分解する
自分が譲れないものと相手が譲れるもの、あるいはその逆がぴったり合致すれば望ましいが、必ずしもそうなるとは限らない。
その場合には、一致が難しい事項を、さらに細かい要素に分解し、その中で譲歩可能なものと不可能なものに分けて考える。
これによって、互いの一致点を広げ、不一致点を狭めていくことができる。
絶対に譲れないものを絞り込み、譲歩できるものを増やすのが、交渉成功の秘訣。
注意点
協調的交渉では対等な雰囲気作りを心がける
協調的交渉では、相手に不快感を抱かせないことが重要。
そのため、あくまでも「対等である」というスタンスでいなければならない。
これは相手が年下や格下であっても変わりはない。
大きな組織に属している、職位が高い人は、交渉相手より上であるかのような態度を取りがちなので、特に注意したい。
決裂した場合
上手に譲歩を重ねていけば理論上は交渉が決裂することは少ないはずだが、実際にはなかなかそうはいかず、決裂してしまうことはある。
その後の対応としては、決裂したまま終了させるか、再交渉をお願いするかの二択になる。
再交渉をお願いした場合、自分は弱い立場になり、かなりの譲歩を迫られるが、それでも交渉決裂してゼロになるよりもメリットがあるなら、再交渉をお願いしたほうがいい。
特にスタートアップ時でこれから仕事を増やさなければならないような立場であれば、絶対に譲れないラインすら動かして再交渉に望むことをおすすめする。
逆に確固たる地位が確立されていて、仕事もどんどん依頼される立場であれば、無理にラインを動かす必要はない。
また、完全に決裂してしまっても、決して相手を侮辱してはならない。
今後を見据えて、握手などで円満に終わらせることで、交渉当事者の人間関係は壊れずに済む。
価値観や信条は持ち込まない
価値観、思想・信条、哲学的なものの相違は、そう簡単に埋まるものではない。
そして、交渉をする上で、それを埋める必要もない。
感情的にならないこと、無駄な話をしないことを心がけ、淡々と譲歩のカードを切っていくのがプロの交渉である。
まとめ
交渉という、一見すると規則性がないものを上手く体系化し、コツを整理している一冊だった。
本記事では割愛しているが、大阪府知事や大阪市長時代の実体験、国際的な交渉についての著者の分析なども豊富に盛り込まれており、単純に読み物としても面白いので、気になる方には手にとってみることをおすすめしたい。
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