売上を、減らそう。 -たどりついたのは業績至上主義からの解放-

2019年6月に初版が発行された本。

著者の中村朱美氏は飲食と不動産事業を手掛ける株式会社minittsの代表取締役。
専門学校の職員として勤務した後、当社を設立し、「佰食屋」などの飲食店を展開。
どんなに売れても100食限定、飲食店なのに残業ゼロといった新しい働き方を生み出し、ワークライフバランス関連等の数々の受賞歴を持つ。

本書には佰食屋の創業にかかるエピソードや、100食限定にすることのメリット、会社の実態などが書かれている。
ページ数はあとがきまで含めて262ページ。
専門的な用語は登場しないので、読みやすい本である。

佰食屋とは

佰食屋とは、京都市右京区にある、100食限定で国産牛ステーキ丼などを提供する飲食店である。

著者は元々専門学校の広報として働いており、飲食店で勤めた経験はほとんどなかったが、夫の作る自慢のステーキ丼をみんなにも味わってほしいという思いから、2012年に夫婦で佰食屋を創業した。

かねてより、経営者が自らのために売上増を目指し、そのしわ寄せが従業員にのしかかるといった企業体質を問題視していた筆者は、佰食屋創業の際、販売数の上限を「1日100食」にすることによって、問題の解決を図ろうとした。

どんなにお客さんが押し寄せようと、100食しか売らないため、長時間労働や残業をすることは基本的になく、従業員としても頑張って売り切れば早く帰れるといったインセンティブがある。

100食限定にすることのメリット

佰食屋は「サービスを極限まで絞ることで売上を上げているお店」であるため、特に上場企業が理想とするような毎年度の増収増益は目指せない(そもそも目指していない)

しかし、売上至上主義を捨てたことにより、通常の企業では得られないメリットがいくつも生まれている。

メリット1 -早く帰れる-

売上を求める企業であれば、昼だけでなく客単価が高い夜も営業し、売上に上限を定めずに働くため、長時間労働・残業が横行してしまう。

しかし、佰食屋の営業時間は11時から14時半もしくは15時まで。
たとえ正社員でも仕込み等含めて最長で9時から17時45分の労働で済む。

「営業時間」ではなく、「売れた数」を区切りに営業をしているため、土日祝だからといっていつもより忙しいとか、営業時間が伸びるといったことはない。
むしろ、お客が来やすい土日祝の方が、100食の整理券を早めに配り終えて、厨房と接客に専念できるため、土日祝にシフトを入れたがる人が多いという。

メリット2 -経費削減-

佰食屋は、当日の朝に整理券配布をするという運営方法を採用しており、予約は受け付けていない。
予約を受け付けていないので、もちろん予約キャンセルは発生しない。

整理券方式も受け取った人が現れなかったら予約キャンセルと同じではないかと思われるが、顔を合わせて配布することにより、無断キャンセルの件数は格段に少なくなるという。

また、100食限定にすることにより、食材の発注量を一定に保つことができる。
余計な仕入れがないため、上記の整理券方式とあわせて、フードロスを限りなくゼロ近くまで削減することができる。

また、仕入れた肉はその日に売り切るので、冷凍庫を置く必要がないというのも、経費削減に一役買っている。

メリット3 -経営が簡単になる-

佰食屋の経営には、マーケティングや売上分析、経営コンサルティングなどは必要ない。
心がけているのは「商品力」、具体的には「ミシュランガイドに掲載されるお店の料理に匹敵するものを、圧倒的なコストパフォーマンスで実現すること」だという。

50%という、大手飲食チェーンではとても実現できないような高原価率を設定し、手間隙かけて上質な商品を提供している。
商品力を上げることによって口コミのみで集客が可能となるため、広告宣伝のための労働力や費用も不要となる。

メリット4 -どんな人も即戦力になる-

労働力人口が減少し、中小企業、特に飲食業界は深刻な人手不足に直面している。

しかし、佰食屋は掲載料0円のハローワークのみの求人で人材を確保している。

それでは優秀な人材は集まらないのではないかという指摘は度々されるようだが、そもそも佰食屋では、いわゆる「優秀な人材」を採用することを目指していない。
むしろ佰食屋では、他の企業が目もくれないような、就職先がなかなか見つからずに困っているような人々を積極的に採用する。

その秘密は佰食屋のオペレーションにある。

まず、メニューはたった3種類しかなく、季節限定商品なども出さないのでアイデアは必要ない。
作業はマニュアルなど必要ないくらい単純なので、経験も必要ない。
そして、100食以上はなにがあっても売らないので、店頭で呼び込みをするようなコミュニケーション力も不要である。

毎日同じ仕事を黙々とこなせる真面目さと、お客さんに丁寧に接する気持ちさえあれば、あとは「いまいる従業員と合う人」くらいしか基準がないため、採用に苦労しない。

メリット5 -よりやさしい働き方ができる-

佰食屋では社員一人ひとりにKPI(重要業績評価指標)を設定するといったことはない。
数値目標を設定すると、評価を気にして「もっと売上を上げなければ」というマインドに囚われてしまうためである。

そこには、会社や経営者のご機嫌取りをするのではなく、もっと楽しく働けるようになるため、お客様に喜んでもらうために、できることに取り組んでほしいという願いが込められている。

労働の実態

労働時間

先述のとおり、佰食屋の労働時間は最長でも9時から17時45分となっている。
正社員の中でもある程度幅があり、9時から17時45分まで働く人もいれば、9時半出勤の人もいるし、17時退勤の人もいる。
もちろん、労働時間が長くなっている人は手当がついている。

アルバイトの場合は、さらに柔軟な働き方ができ、例えば、9時に出勤してハンバーグの準備をし、11時に退勤するといった働き方も認められている。

休暇

有給休暇以外に、年末年始休暇や、ゴールデンウィーク分の代替休暇(5日間)がある。
また、育児休暇など各種制度も整っている。

有給休暇の取得率は、ほぼ100%
基本的には本人の希望優先で自由に取ることができ、理由は問わない。

休みの前後に仕事が大変になったり、誰かが休みを取ることで他の人が大変になるということはない。
従業員数に余裕をもたせた採用をしており、他の人が十分カバーすることができるためである。
万が一カバーできないような状態になっても、1人足りない状態でいつもの売上を上げるのではなく、1人足りない分、売上も1人分減らすというオペレーションをしているので、しわ寄せがくることはない。

給料

具体的な金額は記載されていないが、モデルケースとして、以前、百貨店のレストランで働いていた40代の社員は、労働時間が1日あたり5時間も短くなっているにもかかわらず、それまでの年収とほぼ変わらない水準で収入を得ているという。

ちなみに、アルバイトの時給は京都の水準とほぼ同等の970円(執筆当時)に設定されている。

店長などには役職手当があり、それ以外の人も年1回のベースアップがある。

また、賞与は年3回。
理由は単純で、「3回あった方が嬉しいから」
そして驚くことに、アルバイトにも賞与が出る。

経営

「FLコスト」という、原価と人件費の合計を指す用語があり、飲食店経営では一般的に、FLコストを売上で割ったFL比率は約50~55%に抑えるのが鉄則と言われている。

しかし、佰食屋はFL比率がまさかの約80%
その内訳は原価が約50%、人件費が約30%

この数字だけ見るとすぐに倒産してしまうか、一般的な飲食店が暴利を貪っているかのどちらかに思えるが、実際のところは佰食屋は、「倒産さえしなければいい」というスタンスで、FL以外を抑える工夫をすることによって経営を続けている。

まず、100食限定にすることにより、光熱水費を低く抑え、食材を安定的に仕入れることができる。
次に、口コミのみやメディア露出のみで集客しているので広告費がゼロである。
そして最後に、家賃を低く抑えている(低く済むような場所を選んでお店を出す)

これらの努力によって高いFL比率を補うことができている。

社員に求められること

佰食屋のクレド(行動規範・信条)は「会社は明日の責任を。みんなは今日の責任を。」

このクレドに従い、従業員には「現場」以外のこと、例えば広報や資金繰りのような業務を課されることはない。
その代わり、現場で起きたことは現場で解決するように、従業員自ら、どんなことができるのか考え、行動に移すことが求められている。

根底にある考え方

この本が書かれた理由は、すべての働く人たちに次の2行に集約された佰食屋のビジネスモデル、働き方のすべてを共有するためである。

  • 働き方を極限まで絞ることで売上を上げているお店
  • 働き方の形は自分の人生に照らし合わせて決めることができる

これらは働くことを否定するものではない。
決められた業務量を時間内でしっかりこなし、最大限の成果を上げ、残りの時間を自分の好きなように使うというのは、現代の労働者の多くが求めていることである。

年功序列、終身雇用の制度が崩れた今、求められているのは「持続可能な働き方」であり、それを筆者はブラックな労働環境が当たり前となっている飲食業界で実現させた。
きっと、ほかの業界、他の業種でも実現できるだろう。

まとめ

佰食屋のビジネスモデルを通じて、幸せに生きるための働き方、それを実現させるための経営について書かれた本だった。

終身雇用などの制度が過去のものとなった状況において、労働者が仕事や職場に求めるものは、かつてとはまったく別のものになってきている。
それに対し、会社がなんの柔軟性も見せない結果、労働者の不満が募り、最悪の場合、離職につながるといったケースは僕の周りでも散見される。

会社の経営にも変化が求められる時代が来ている。

従業員の人生を預かる経営側の人たちにこそ、ぜひ読んでほしい。

 

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